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坊ちゃまと執事 〜或いはキャンディボンボンの日々〜
第1章 かくも愛しき田園の一日
20世紀初頭、イギリスの片田舎ウィルトシャーにもようやく春の訪れが感じられるようになった。
ソールズベリー伯爵家の階下の人々の朝は早い。
執事のオスカー・スペンサーは5時きっかりに起き、シャワーを使うと身繕いを整え、キッチンに下り料理長に朝食の確認をする。
「…オルソンさん、今朝の坊っちゃまのメニューは?」
調理台で、スープの味見をしていたミセス・オルソンはオスカーを見てにこにこ笑う。
オルソンは若くてハンサムな男が大好きなのだ。
「トーストにベーコンエッグ、クリームスープに苺のクリーム添え、オレンジジュースだよ」
オスカーが眼鏡越しの眼をきらりと光らせた。
「…それだけですか?」
「…それだけだよ」
「キドニービーンズは?」
オルソンが肩をすくめる。
「坊っちゃまが絶対外してくれって昨夜階下に降りてこられたのさ」
「ビーツのサラダは?」
「それも外してくれってさ」
オスカーは形の良い眉を跳ね上げる。
「…オルソンさん、貴女は何のための料理長ですか。坊っちゃまのご健康と健やかなるご成長を支えるために日々料理を作られているのではないのですか?」
オルソンはオスカーの剣幕にタジタジとなりながらも腰に手を当てて、言い返す。
「だけどね、スペンサーさん。坊っちゃまはこう言ったんだよ。…オスカーがいいって言ってくれたからね、てね!」
オスカーは切れ長の美しい眼を眇める。
「…言っていません」
「…へ?」
「私はそんなことは一言も申しておりません」
オルソンはやれやれというように両手を広げた。
「ま〜た坊っちゃまにいっぱい食わされたかね。全くあの坊っちゃまときたら、天使のように美しいお顔でまことしやかな嘘をつきなさるからねえ…」
オスカーは眼鏡を抑え、ため息をつく。
しかしすぐにきびきびと指示を出した。
「オルソンさん、トマトと白アスパラガスのサラダを至急メニューに加えてください」
オルソンは眼を丸くする。
「あれま!坊っちゃまが大嫌いなものばかり!」
オスカーは薄く形の良い唇に笑みを浮かべる。
「坊っちゃまには嘘をつくとどんな眼に合うのか、分からせる必要がありますからね。では、よろしく」
オスカー・スペンサーはすらりとした美しい後ろ姿を見せながら、キッチンを後にした。
オルソンは首を振る。
「やれやれ、また坊っちゃまと執事さんのいたちごっこの1日が始まるのかねえ」
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