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坊ちゃまと執事 〜或いはキャンディボンボンの日々〜
第3章 ドクター・アーレンベルグの恋
リヒャルトはあの日のアンドレアを繋ぎ止めるかのように、彼の身体を抱き締めた。
「…あの日の続きからやり直そう。アンドレア。
…二人でアメリカに行こう。…ヨーロッパはきな臭くなるばかりだ。…私もオーストリアにはもはや近づけない。…父が帰ってくるなと手紙を寄越した。私を危険な目に合わせたくないらしい。母も早晩英国に渡ってくるだろう。
…しがらみだらけの古臭い祖国は捨てて、自由の国アメリカに渡ろう。…アメリカは同性愛の差別も少ない。こんなところよりずっと楽に呼吸ができる。私は医師免許があるから、どこでも仕事は出来る。君だって弁護士だ。仕事はいくらでもある。…どうだ?明るい展望ばかりじゃないか」

アンドレアは寂しく笑った。
「…君は相変わらず楽天主義者だな。…私には養わなくてはならない弟や妹がいる。家を捨てる訳にはいかない。…それに…セシリアは良い娘だ。父親のハニーチャーチ男爵も俗物だが悪い人間ではない。
…セシリアはきっと良き妻、良き母になるだろう。私みたいな小心者の人間にはこんな人生がお似合いなのだよ」
「…アンドレア…」
アンドレアはリヒャルトの頬に優しく触れた。
「…君は破天荒に生きてくれ。型にはまらず、はた迷惑なまでに自由奔放に…。そんな君が一番魅力的だ。
…私はきっと年老いて、孫たちにリチャード・フォン・アーレンベルグという実に痛快な医師の親友がいたことを繰り返し話すだろう。…その親友と共に生きた時代が一番きらきらと輝いて、楽しかったと自慢げに…。
孫たちは私を尊敬の眼差しで見るだろう。
…それを想像すると今から楽しみだ」
アンドレアはリヒャルトの頬に触れたまま、そっとキスをした。
決別のキスは一瞬だった。

アンドレアは少し微笑むと、そのままリヒャルトに背を向けた。
そしてそのままドアに向かい歩き出した。
「アンドレア!」
リヒャルトの万感の思いが詰まった声が響く。

アンドレアは一瞬だけ立ち止まったが、そのまま一度も振り返ることなく部屋を後にした。
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