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凍てつく湖
第1章 序章
 東京都練馬区と埼玉県和光市の境にその会社は存在する。洒落た民家のようなコンクリート剥き出しの二階建てのオフィスはどこか無機質ならぬ無表情で、それを補うかなように広い玄関には観葉植物が置いてあるものの一切手入れはされていないのだからさながら無精髭のようだ。
場所は完全なる住宅街の一角。付近の住民はこの民家がそこそこ有名な映像製作会社など知る由もない。ちなみに正確な住所は東京都だ。
ポストに書かれた社名は有限会社クノール。
社員数12名の零細企業というよりは完全なる少数精鋭部隊という表現の方が妙にしっくりくるのは、この職場がまさに戦場そのものだからだろうか。
 正確には四月二十日の午後四時過ぎにその小柄な老人はその扉を開いている。当然受付などはなく、持ち主不明のデスクが八つばかり横に並ぶ殺伐とした風景。時代と逆行する喫煙可能の社内は相変わらず霧のごとく曇っている。
暫くの間その老人は立ち尽くしていた。
( あれ、、)
最初に気付いたのは社員の森本絢だ。
徹夜続きの社員たちは机にひれ伏して寝たフリか気付かぬ振りか。一番下っ端の絢が、やれやれとその重すぎる腰を上げたのはこの小柄な老人を知っているからに過ぎない。
(全く!)
「渡辺さん、こんにちは。この間は大変お世話になりました」
化粧が完全に落ちている絢は施すかのようにニッコリと微笑む。
「こちらこそ大変お世話になりました。お陰様で会社の評判も上々です」
重ねるようにニッコリと笑う老人渡辺。上品なクリーム色のセーターがどこか小柄な身体に着せられているようで妙に可愛い。まだ少々肌寒い季節だ。
「それは良かったです。で、今日は、、?」
「ええ。ただ皆さん大分お疲れのようで、大丈夫ですか?」
渡辺は辺りを神妙に見回した。変わらず誰も彼もがデスクにひれ伏していた。
「あっ、、これはいつもの事ですよ。それで?」
( クレームではないのね)
絢が視線を落とすと、渡辺の左手には手土産らしき有名和菓子店の紙袋。右手にはや森本絢とカメラマン山岸武の名刺を握っていた。
( 美味しそう)

 半年ほど前、絢とその山岸は渡辺が会長を務める印刷会社を取材している。
「ええ。実はいきなりで何ですが、、今日は私の罪を懺悔しようと御社を伺った訳です」
絢を見上げる瞬き一つない視線が、どういう訳かあるがままに受け止める事を躊躇させる。
「えっ?」
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