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凍てつく湖
第2章 ブラックボックス

 その渡辺三郎が持参した和菓子のキャラクター「こぐまちゃん」が慌ただしくなった狭い社内を冷静に見ている反面、どいつもこいつも生粋のテレビマンなのだと呆れているようにも見えた。
その古き時代、要はスキャンダラスな気質に付いて行く気もない絢はこぐまちゃんと同じ表情を時折覗かせながらパイプ椅子に座る渡辺三郎の薄い胸元にピンマイクを付けていた。
近くでみるセーターは有名ブランドの上品なカシミア製。肌触りからも分かりやすい高級品だけに気を遣う。
「大丈夫ですよ」
察したのか、渡辺は笑う。
「ありがとうございます。それにしてもお洒落な色合いですね」
その色はグレーというより灰色だが明らかに何かが違う(灰色)だ。
渡辺自身の事ではないが、、皮肉だな、とも同時に思う。
現時点ではあくまで疑惑(グレー)だ。
「ありがとう。実は妻が見立ててくれましてね。残念ながら私の趣味ではありませんよ」
「奥様は確か、、」
「ええ。二年前ですかね。空へと旅立ちました」
「そうでしたよね。それは失礼しました」
「構いませんよ」
渡辺は微笑み、、
「それにしても素敵な奥様でしたよね」
「えっ?」
目を見開いた。
「あっ!いや、、失礼しました。実は取材の際に古いお写真ですが拝見しています」
「そうでしたか、、」
会長室に飾られた設立当時に撮影された一枚の写真。スラリとした長身にお世辞抜きで女優さんのような鼻筋が整った顔出ちに大きな瞳。そして何より凛とした品のある立ち姿がとにかく印象的だった。何せ作業着姿がその役柄にすら見えたのだから少々尋常ではない。またデスクには近影の写真も立てられ二人の美しき女性はあっさりと時を経ても繋がった。二枚の写真は年輪を重ねる、という言葉が似合う理想的な関係性だ。
「ありがとう。こんな素敵なお嬢さんに、、妻も喜んでいますよ」
微笑む渡辺が見上げるのは薄汚れた天井か、それともその先にあるある空か、遠くなりつつある過去か。
「そんな、、」
久しぶりの褒め言葉に思わずその荒れた頬が緩む。素敵なお嬢さん。懐かしい昔の言葉に奇妙な説得力すら改めて感じるもお世辞である事も十分理解している。
「ありがとうございます」
その言葉が合図になったかのように、ピンマイクは綺麗にその胸元に収まり、失礼します、、と、絢はその痩せた胸板に口元を近づける。
「あー!あー!只今マイクのテスト中!テスト中!」
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