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第1章 蟲に溺れる
あの男にはなにかが足りない。何とは言えないがそれが女の気持ちを憂鬱にさせているのは確か。
不運にも、その憂鬱は致命傷だった。
10分ほどたった頃ドアがノックされた。

「どうぞ。」

合図すると男は、失礼しますとも言わずにカートを押して部屋へと入ってきた。ギョロギョロと鋭い目付きとくまを持ち、鍛え抜かれた野性味のある肉体をしていた。
男はじっとりと私を凝視しながら目礼し、黙々とテーブルに朝食を並べ始める。
クロワッサワンとコーヒー、オムレツ、アンチョビとオリーブのサラダ、マスカットという献立。量は多すぎず、味も満足できそうだった。

「ありがとう、下げるときにまた呼ぶわ。」

男はまたじっと私を凝視しつつ頷くと、からからとカートを押して出ていった。
ことの発端であるこのパーティーは主催者の私設で行われている。大きな宴会場と寝泊まりの出来る大小様々な個室、専属の従業員などを揃えておきながら、パーティーのある時にしか使われないらしい。
こういった場所が都内のみならず日本各地にあり、その存在を忘れた頃に狂喜と熱病の夜への招待状が届くのだ。
どうやって招待されるに至ったかはまた別の時に話すが、快感至上主義であること、あとは運だろう。主催者は日本の暗部の王のような夫婦であると、噂でだけ聞いたことがある。
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