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第4章 痴人の罠
蛇口がバカになったみたく涙が溢れだした。
ここ数日はいろんなことが有りすぎて、しっかり泣く心の余裕がなかった。
ポロポロとこぼれ落ちる涙が河原の芝生へ吸い込まれていく。

(だめだ、こんな歳になって…)

それでもその場所から動くことができない。
一滴また一滴と流れていく度に、体から不浄なものが流れ出していくようだった。

(帰ろう、誰かに見られるのも癪だ)

そう思って立ち上がると、遠くから父の乗っていた車と同じ型の車が走ってきた。

───────!!!!!

心臓を細い爪でひっかかれるような、気持ちの悪い動悸がした。父が、母と共に、お土産を持って、帰ってきたのではないか?
運転手の顔が見えて、全く似ても似つかない男がこちらを驚きもせず見つめているのがわかった。

─ただいまー。お母さん携帯忘れちゃって、電話に気づかなくてビックリしちゃった!─
─悪かったな、心配させて。まぁお前なら何とかすると思ってたけどな─
─あはは、本当調子いいよねー。さ、ご飯にしましょう、お土産もあるよ─

車が目の前で止まり、全く違う男が降りてきても俺の幻想は終わらなかった。
とまらない、というより、留まっていたい。
幸せな幻想、今日だけでいいから。

俺はまたそこに座りこんだ。つもりだったが、しばらく食事ものどを通らないような状態だったから貧血になってしまったらしい。
ぐらぐらする頭と真っ暗な視界
車から降りてきた男が俺に向かって何かを話しかけてきている。俺を仰向けにして、額や口許を触っている。唇、頬、耳、首筋、鎖骨となぶるような手つき。
ヒヤリとした指先が死神のようだ、と感じながら、
耳の端でようやく聞き取った

「大丈夫だから目を閉じていなさい」

という言葉に甘えて、目を閉じた。
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