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海鳴り
第4章 さざ波
諦めて外に出た武に目をやり、相沢はドアを閉じようとして手を止めた。


「直也には近づくな」

「え…、あぁ、でももう…」


律子は少し笑って「心配ありません」と言おうとした。


「ダメだ」


残った缶ビールが入った袋を差し出し、相沢は冷静に律子を見据えた。


「どうし…」

「誰にも手出しはさせねえ」

「…っ…」


どう受け止めていいのかわからない。
頭が混乱してくる。


「相沢さん、私に構わないでください、私は大人だし教師なんです」


「……わかってる」

「………」

「そうする」


相沢は静かにそう言うと目を伏せてゆっくりとドアの向こう側に消えた。

律子は閉じられたドアを見つめたまま動けなかった。

胸の奧が痛かった。


いきなり土足で踏み込んできた男をやっと追い出したつもりが、追い出した途端に寂しさがつのる。


「………」


律子は脱ぎ捨てたスニーカーを見下ろした。
ほどけた靴紐が視界に入ってくる。


靴紐ぐらい自分で結べる


律子はしゃがみ込んで紐を結び直した。

ごつごつとした相沢の大きな手を思い出した。


昨夜の出来事が甦る。



──怖いのか



怖い

怖いに決まってる


律子は膝を抱えて目を瞑り、いなくなった相沢の鋭い視線を思い出して胸を震わせた。

それは何度も何度も押し寄せるさざ波のように、律子の心にも手を伸ばしていった。




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