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海鳴り
第1章 訪問者
「……違う…」

「えっ?」

「やっぱり違う…」

「先生…」


武は律子を見つめ、視線を足元に落として呟くように言った。


「えぇ…、違います。…あの海鳴りとはぜんぜん違う…」


胸の奧が熱くなる。

その時律子の携帯が鳴った。


「ごめんなさい、娘からだわ」

「どうぞお構いなく」


律子は携帯を耳に当てた。


「はい…」

『もしもし、お母さん。…今ね、お父さんから電話があって、天気が悪くなりそうだから今日は来なくていいからって…』

「そう、わかったわ。…それじゃあ明日にしよっか…」

『うん、そう言っといた』

「お母さんはもう少ししてから帰るわ。…あなたは早く家に帰ってね」

『わかった。ご飯炊いとくね』

「お願いします」


律子は携帯をしまうと再び貝殻を耳にあてた。

街の雑踏に紛れて微かに聞こえるゴォーッという音にすがり付きながら、律子は遠く過ぎ去った激しく儚い日々を、貝殻の中に満たそうとしていた。





───あんたが…、あんたが好きだ…律子、律子…律子…律子…






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