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混沌の館
第18章 そして
 東京駅のホーム。千夏は人目をはばからず泣きじゃくっていた。既に新幹線は刻々と発車の時刻を迎えようとしていた。


「また、いつか会えるよね」

「メールしてね」

「わたしのこと愛してるよね」


 千夏の問いかけに、私はただうなずくしか出来なかった。何か言葉に出せば、私も涙がこぼれてしまいそうだった。


 やがて、一層と発車を促すベルがけたたましくなった。私たちは、入り口の中と外に立ち最後の口づけを交わした。



 私たちの儀式が終わるのを待っていたかのように、新幹線のドアは私たちを隔てた。
千夏の唇が動く。



 私の唇も同じように動く。





『さようなら』

 日本語は美しい。

 その中でも、私は『さようなら』は特に美しいのではないかと思う。

単なる別れの言葉ではなく、そこには様々な意味が込められている。『惜別の想い』であったり、『再会の願い』であったりあるいは、『感謝の気持ち』であったり、別れの数だけ意味が込められていると思う。


 私たちの交わした『さようなら』は、それこそ万感の想いが込められていた。


 もう二度と叶わぬかもしれない再会、出会えたことへの感謝・・・


 きっと、この先の人生で彼女以上に人を愛することはないだろう。そんな女性に出会えたこと・・・同じ時間を過ごせたこと・・・彼女の全てに。





 私の唇がもう一度動く。


『ありがとう』

 それを見届けることなく、新幹線は私の視界を横切って行った。


 きっと、聞こえなくても届いている。小さくなっていく新幹線に向かって、もう一度繰り返した。



『ありがとう』




(完)




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