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あの海の果てまでも
第5章 秋桜の涙 〜暁礼也のモノローグ〜
「…旦那様。
こちらでよろしいですか?」
執事の生田が恭しく神戸の店で新調したばかりの上質な黒い上着を差し出す。
「ありがとう、生田。
これで良いよ」
礼也は頷き、そのまま上着を着せてもらう。
細長い銀細工が施された姿見に、己れと…老齢の、しかし静かな威厳を放つ忠実な執事の姿が映る。
きちんと撫でつけた髪の鬢辺りが白さが目立った。
…少し老けたかな…。
礼也の胸が微かに痛む。
この半年の屋敷を揺るがす大騒動に、忠誠心と正義の固まりのような執事が堪えない筈がなかった。
いや、それよりも…。
生田は暁を自分の孫のように可愛がっていた。
馴れ馴れしい態度など一度も取ったことはないが、その寡黙で実直な性格のそのまま常に控えめに、しかし真摯に暁を大切に守り、可愛がってきたことを礼也は痛いほど分かっていた。
…まさか、その暁が主人の親友と突然駆け落ちしてしまうなど、青天の霹靂に違いなかった。
老執事を悩ませたのは、暁の失踪だけではない。
この屋敷、縣男爵家が前代未聞のスキャンダルに晒されたこと…。
それが、一番大きかったに違いない。
炭鉱の事故の際、海外にいた礼也は事故の詳細ののち、暁と大紋の失踪を知らされた。
慌ただしく帰国した礼也に、生田は土下座せんばかりに頭を下げ、謝罪した。
「申し訳ございません。
暁様を止められなかったこと。
すべては私の責任です」
当時暁は九州の飯塚、そして、生田は屋敷に居たのだ。
生田にはなんの罪もない。
「…生田…それは」
言いかける礼也に
「申し訳ございません。
礼也様。
私は…暁様と大紋様のご関係に気づいておりました」
毅然と…そして悲痛な声で告げ、礼也を唖然とさせたのだ。
こちらでよろしいですか?」
執事の生田が恭しく神戸の店で新調したばかりの上質な黒い上着を差し出す。
「ありがとう、生田。
これで良いよ」
礼也は頷き、そのまま上着を着せてもらう。
細長い銀細工が施された姿見に、己れと…老齢の、しかし静かな威厳を放つ忠実な執事の姿が映る。
きちんと撫でつけた髪の鬢辺りが白さが目立った。
…少し老けたかな…。
礼也の胸が微かに痛む。
この半年の屋敷を揺るがす大騒動に、忠誠心と正義の固まりのような執事が堪えない筈がなかった。
いや、それよりも…。
生田は暁を自分の孫のように可愛がっていた。
馴れ馴れしい態度など一度も取ったことはないが、その寡黙で実直な性格のそのまま常に控えめに、しかし真摯に暁を大切に守り、可愛がってきたことを礼也は痛いほど分かっていた。
…まさか、その暁が主人の親友と突然駆け落ちしてしまうなど、青天の霹靂に違いなかった。
老執事を悩ませたのは、暁の失踪だけではない。
この屋敷、縣男爵家が前代未聞のスキャンダルに晒されたこと…。
それが、一番大きかったに違いない。
炭鉱の事故の際、海外にいた礼也は事故の詳細ののち、暁と大紋の失踪を知らされた。
慌ただしく帰国した礼也に、生田は土下座せんばかりに頭を下げ、謝罪した。
「申し訳ございません。
暁様を止められなかったこと。
すべては私の責任です」
当時暁は九州の飯塚、そして、生田は屋敷に居たのだ。
生田にはなんの罪もない。
「…生田…それは」
言いかける礼也に
「申し訳ございません。
礼也様。
私は…暁様と大紋様のご関係に気づいておりました」
毅然と…そして悲痛な声で告げ、礼也を唖然とさせたのだ。