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あの海の果てまでも
第5章 秋桜の涙 〜暁礼也のモノローグ〜
「お願いですから、お掛けになって下さい」
と懇願され、礼也は向かい合わせの長椅子に座る。

…絢子と二人きりになることは初めてだ。
彼女は常に大紋の後ろに慎ましやかに隠れていて、声を掛けると、恥ずかしそうに微笑む…そんな淑やかな女性だった。
大紋を介さないで話したことはない。
だから、絢子のことは殆ど何も知らないに等しかった。

…西坊城子爵の末娘。
子爵夫妻に溺愛されていた可憐な令嬢。
大人しく控えめと評判の絢子は大紋に一目惚れし、子爵夫妻は娘の願いを叶えるために大紋に縁談を持ち込んだ。
けれど一度は断られ、絢子はショックから自殺を図った。
そうして大紋が絢子に寄り添い、ついに結ばれたと聞いた時は驚いた。
あんなに内気そうで大人しい娘が、そんなに情熱的なことを…という驚きだ。

「…家令が無礼なことを申しましたね。
驚かれたでしょう?」
絢子は小さく微笑んだ。
その様子は、まるで可憐な秋桜のように愛らしい。
…こんなにも可愛らしい楚々とした妻を、なぜ春馬は冷酷に捨てることが出来たのか…。
やはり、礼也には解せない。

「え?」
「家令の白戸です。
私をまだ何もできない小さな女の子だと思っているようですわ。
…私の家庭教師をしてくれていた頃からずっと、過保護すぎて…よく春馬様にも笑われていました。
『君はまるで絢子の騎士だね』…て」
「…絢子さん…」
…絢子の口から大紋の名前が出て、はっとする。

絢子はその白い両手をぎゅっと握りしめた。
そうして、意を決したようにその薄紅色の口唇を開いた。

「…礼也様。
…私…本当は、暁様に謝らなくてはならないのです…」



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