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あの海の果てまでも
第1章 運命の舟
夜の海は空と境がないのだと、暁は生まれて初めて知った。
眼の前に広がるのは、この世の果てまで続いているかのような漆黒の闇…ただそれだけだ。
それはあたかも、自分達のしでかした取り返しのつかない恐ろしい行為の象徴のようだ。

暁は細い眉根を寄せ、眼を伏せる。
…甲板の手摺は冷たく、まるで暁を拒絶するかのようだ。

…本当に…これで良かったのだろうか…。
冷たい潮風に吹かれながら、考える。

博多港を出港してから、何度ついたか分からないため息を、暁は繰り返した。

…いや、良い訳がない。
暁は首を振る。

良い訳がない。
…土砂崩れの事故がようやく落ち着いた炭鉱から、暁は大紋春馬と二人で密かに逃げ出した。

大紋は、東京に残して来た身重の妻を捨てた。
弁護士という輝かしい仕事も、代々法曹界で鳴らした名門の家も捨てた。
暁は自分をここまで育て、愛してくれた兄を捨てた。

二人が書いた書き置きは、今頃それぞれの家族のもとに届けられ、前代未聞の大騒ぎになっているはずだ。

…自分はまだいい。
兄、礼也に見限られるのは身を切るように辛いが、それは自分の責任だ。
元々、愛人の子どもであり、庶子の生まれだ。
今更、失くすものなど何もない。

…けれど、春馬さんは…。

大紋のことを考えると、胸が締め付けられるほどに苦しく、居ても立っても居られなくなる。

…春馬さんに、家族を捨てさせてしまった。
絢子さんを…春馬さんの子どもを孕っている妻を捨てさせてしまった。
絢子さんは、どれだけ悲しむだろう。
心弱そうなひとだった。
結婚前、春馬さんに熱愛し、その余り自殺まで図ろうとしたひとだ。
…今回も、そうならないとも限らない。

暁は改めて血の気が引くほど、ことの重大さを悟る。

…どうしよう…。
やっぱり、今からでも引き返した方が…。

混乱する頭で考え続けていると…。

「…暁…。
やっと見つけた…」

薄暗い闇の中から、安堵したような声が響いて来た。

…愛おしい、男の声だ。

「…春馬さん…!」

…何度忘れようとしても、忘れられなかった。
狂おしいほどに、愛おしい愛おしい男の声だ。

暁は声のする方へと駆け出した。





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