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あの海の果てまでも
第1章 運命の舟
「…暁…。
一人で甲板に上がってはいけないよ。
客船とは言え、揺れることがある。
夜の海は危険だからね。
…どうしたの?」
ゆっくりと大紋が近づいて来る。
…懐かしい男の匂い…。
軽井沢の深い森の薫りのような…薄荷のような薫りがするその逞しい胸に貌を埋める。
懐かしさと、そして身体の芯が燃え上がるような恋しさが一気に込み上げる。
「…春馬さん…!」
…駄目だ。
やっぱり…離れられない。
一度、この腕の温かさ、逞しさを知ってしまうと、元には戻れない自分を、暁は嫌というほど思い知らされた。
…だって…。
「…どうしたの。暁…」
深く胸に抱き込みながら、大紋は優しく尋ねる。
「…僕は…僕は…」
…言葉にすると、戻れなくなる。
だから、ずっと耐えていた。
何年も、何年も耐えていた。
断ち切り難い恋心を胸の奥深くに閉じ込め、鍵を掛けた。
たまさか大紋や絢子に会うことがあっても、さも大丈夫なように、常に穏やかな微笑みを浮かべていた。
自分の心に嘘を吐いた。吐き通した。
…僕はもう、春馬さんのことを愛してはいない…と。
誰も暁の心境には気づかなかった筈だ。
礼也すら、気づいてはいなかった。
大紋とやや疎遠になったのは、遠慮からだと思っていたらしい。
…そうして月日は流れた。
仕事やお茶会、晩餐会、舞踏会、音楽会…忙しく過ぎる日々の中で、自分でももう大丈夫なのではないかと思った。
もう、あの男を忘れられたのではないかと。
少なくとも、恋しさに胸を痛めることはもうないのではないかと、そう思っていた。
…けれど、違った。
あの夜、炭鉱の古びた事務所で再会し…まるで魔法が解けてしまったかのように、再びこの男を愛してしまった。
…いや、違う。
胸に閉じ込め、押し殺して来た恋心が、怒濤のように雪崩込んで来たのだ。
ひとの心は、なんと儚く脆いものなのだろう。
…暁は告げずにはいられなかった。
溢れ出すこの想いを堰き止める術を、もはや持ってはいなかったからだ。
「…会いたかった…!
貴方に…!
ずっと…ずっと…恋しかった…。
貴方が恋しくて…恋しくて…堪らなくて…」
「…暁…!」
…瞼に浮かんだ絢子の面影を消し去るように、暁は自分から男の口唇を激しく求めた。
一人で甲板に上がってはいけないよ。
客船とは言え、揺れることがある。
夜の海は危険だからね。
…どうしたの?」
ゆっくりと大紋が近づいて来る。
…懐かしい男の匂い…。
軽井沢の深い森の薫りのような…薄荷のような薫りがするその逞しい胸に貌を埋める。
懐かしさと、そして身体の芯が燃え上がるような恋しさが一気に込み上げる。
「…春馬さん…!」
…駄目だ。
やっぱり…離れられない。
一度、この腕の温かさ、逞しさを知ってしまうと、元には戻れない自分を、暁は嫌というほど思い知らされた。
…だって…。
「…どうしたの。暁…」
深く胸に抱き込みながら、大紋は優しく尋ねる。
「…僕は…僕は…」
…言葉にすると、戻れなくなる。
だから、ずっと耐えていた。
何年も、何年も耐えていた。
断ち切り難い恋心を胸の奥深くに閉じ込め、鍵を掛けた。
たまさか大紋や絢子に会うことがあっても、さも大丈夫なように、常に穏やかな微笑みを浮かべていた。
自分の心に嘘を吐いた。吐き通した。
…僕はもう、春馬さんのことを愛してはいない…と。
誰も暁の心境には気づかなかった筈だ。
礼也すら、気づいてはいなかった。
大紋とやや疎遠になったのは、遠慮からだと思っていたらしい。
…そうして月日は流れた。
仕事やお茶会、晩餐会、舞踏会、音楽会…忙しく過ぎる日々の中で、自分でももう大丈夫なのではないかと思った。
もう、あの男を忘れられたのではないかと。
少なくとも、恋しさに胸を痛めることはもうないのではないかと、そう思っていた。
…けれど、違った。
あの夜、炭鉱の古びた事務所で再会し…まるで魔法が解けてしまったかのように、再びこの男を愛してしまった。
…いや、違う。
胸に閉じ込め、押し殺して来た恋心が、怒濤のように雪崩込んで来たのだ。
ひとの心は、なんと儚く脆いものなのだろう。
…暁は告げずにはいられなかった。
溢れ出すこの想いを堰き止める術を、もはや持ってはいなかったからだ。
「…会いたかった…!
貴方に…!
ずっと…ずっと…恋しかった…。
貴方が恋しくて…恋しくて…堪らなくて…」
「…暁…!」
…瞼に浮かんだ絢子の面影を消し去るように、暁は自分から男の口唇を激しく求めた。