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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
暁は思わず息を呑んだ。
その境遇が、自分と重なる部分がかなりあったからだ。

「驚かれましたか?」
「いいえ。
…僕も、愛人の子なんです。
さっきお話した僕を助けてくれた兄は、腹違いの兄で…由緒正しい男爵家の後継者です」

「おや、そうでしたか。
…だから貴方になんとはなしに親近感を抱いたのかもしれませんね」
にっこりと微笑まれ、思わず暁も釣られて笑った。

白磁の茶器に新しいお茶を注ぐ。
甘い薔薇の薫りが、ふわりと立ち昇る。
暁に茶を勧めつつ、朱は唄うように語り出す。
…まるで、さもない他愛のないことのように。
「…愛人の子、妾の子、芸者の子、囲われ者…。
まるで、挨拶代わりみたいに呼ばれていましたね。
あの頃は…。
それが侮蔑的な意味だと気づいた時には、もう何も感じないくらいに、どうでも良くなっていました…。
…それに私の母は、たまさかにしか訪れない父に愛想を尽かし、置き屋の男衆と駆け落ちしてしまったのですよ。
私が十二の歳のことでした。
…元々、身持ちの良くないひとでした。
家には寄り付かず、貌を合わせることも殆どなく、母親らしいことをしてもらった記憶はひとつもありません。
…家には父が雇った乳母や家政婦がいたので、私は不自由な思いをしたことはありませんでしたが…」

暁ははっとして、朱を見つめた。
…暁も私生児だった。
大層貧しい生活で苦労した。
けれど、暁の母は優しく必死で暁を育ててくれた。
男たちに食い物にされてばかりの、弱くて愚かなひとだったけれど…。
母の愛は、いつも感じていた。

朱は押し黙る暁に静かに微笑んだ。

「…まだ私の話をお聞きになりますか?
あまり、楽しい話ではありませんけれど…」

暁は頷いた。
店先で、再び金絲雀が高く鳴いた。

朱がゆったりと長着の袖を直し、口唇を開いた。

「…では、お話しましょう。
私がどのようにして、上海に渡り…そして、ここ倫敦に流れ着いたのか…」





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