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あの海の果てまでも
第2章 新月の恋人たち
「…私は日本人の母と、中国人の父の元に生まれました。
日本の赤坂というところに生まれて、十二歳まで横浜で育ちました」
朱の形の良い紅梅色の口唇から、馴染みのある地名が流れ出す。
道理で…。
と、暁は納得した。
朱の母国語のように流暢な日本語は、混血ゆえ、そして日本で生まれ育ったゆえ…だったのだ。
「それで、日本語がお上手なんですね」
朱は一重の切長の眼を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。
…けれど、私は最近まで日本語は封印していたのですよ」
「…え?封印?なぜですか?」
朱は茶壷を変え、新しい茶葉を入れた。
今度の茶葉は仄かに薔薇の薫りがした。
湯を注ぎ、再び茶を蒸らす。
朱の白く嫋やかな手で行われるそれは、どこか神聖な儀式のようだ。
そうして朱はまるで茶葉の説明をするかのように、すらすらと語り出した。
「…私の母は赤坂の芸者でした。
父は日本に商談に来ていた上海の実業家でした。
接待の座敷に出ていた母を見染め、落籍しました。
母は横浜の外国人居留地にある洋館を与えられ、囲われました…。
…つまり、お妾さんですよ。
なぜなら、父には上海に正妻も子どももおりましたからね」
日本の赤坂というところに生まれて、十二歳まで横浜で育ちました」
朱の形の良い紅梅色の口唇から、馴染みのある地名が流れ出す。
道理で…。
と、暁は納得した。
朱の母国語のように流暢な日本語は、混血ゆえ、そして日本で生まれ育ったゆえ…だったのだ。
「それで、日本語がお上手なんですね」
朱は一重の切長の眼を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。
…けれど、私は最近まで日本語は封印していたのですよ」
「…え?封印?なぜですか?」
朱は茶壷を変え、新しい茶葉を入れた。
今度の茶葉は仄かに薔薇の薫りがした。
湯を注ぎ、再び茶を蒸らす。
朱の白く嫋やかな手で行われるそれは、どこか神聖な儀式のようだ。
そうして朱はまるで茶葉の説明をするかのように、すらすらと語り出した。
「…私の母は赤坂の芸者でした。
父は日本に商談に来ていた上海の実業家でした。
接待の座敷に出ていた母を見染め、落籍しました。
母は横浜の外国人居留地にある洋館を与えられ、囲われました…。
…つまり、お妾さんですよ。
なぜなら、父には上海に正妻も子どももおりましたからね」