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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
『全く、旦那様もとんだ女に引っかかったものだよ』
ネイティブな北京語は聞き取りにくい。
特に使用人たちが使う言葉は訛りが強い。
けれど、生まれた時から面倒を見てくれた乳母のおかげで、浩藍は中国語を聴くことに長けていた。

…吐き捨てるように話し続けるのは、この屋敷の女中だろう。
隣の客間に浩藍が居ることに気づいていて、わざと声高に喋っているのかも知れない。

『ゲイシャだって?
なんだいそれは。
どうせ女郎か娼婦みたいなものだろう。
そんな淫乱な日本女に子どもを産ませて家まで買って贅沢させて…。
挙げ句の果て、間男と逃げられてさ。
旦那様も物好きが過ぎるよ』
『だけど、旦那様はそのお子を引き取られたんだろう?
こっちには佑炎坊っちゃまというれっきとした後継ぎがいらっしゃるのに。
一体、どういう料簡なんだろうね』

女中たちのお喋りは止む気配がない。

浩藍はうんざりしながら、紫檀の長椅子から立ち上がる。
…ここで待っているようにと父親の秘書に言われたが、知ったことではない。

日本から数日、船に揺られてようやく上海に着いたのだ。
十二歳の浩藍は、じっとしているのには飽き飽きしていた。
やたら重厚な調度品に囲まれた部屋にいると、息が詰まりそうだった。

浩藍はここが父親の本宅…つまりは正妻や息子が住んでいるところ…というのはぼんやり分かっていた。
これからここで暮らすらしいということも。
それが、この屋敷の人々に必ずしも歓迎されてはいないことも…。

それらの重苦しい思惑を振り払うように、浩藍は客間の扉を開け、光の差し込むバルコニーへと足を踏み出した。




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