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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
船はひと月後、英国の主要港・サウザウンプトン港に着いた。
豪華客船や外国貨物船が発着する大きな港町とあって、たくさんの乗客、見送りの人々で賑やかに溢れ返っていた。

菻船長と龍に腕を支えられ、タラップをゆっくりと降りた浩藍の目の前に待ち構えていたのは、背の高い金髪碧眼の若い男だ。

浩藍はこわごわと男を見上げる。

…『…アルフレッド・ジュード・ロレンス。
金髪碧眼のいい男だ。
…少し妬けるな…』
佑炎の苦しげな微笑みが一瞬浮かび、胸が張り裂けそうになる。

…兄さん…!


男は浩藍を見ると、一瞬驚いたように息を呑んだ。
やがて、太陽のように…そして浩藍を安心させるように朗らかに笑った。
その長く逞しい腕を差し伸べ軽々と浩藍を抱き上げ、髪をくしゃくしゃと撫でた。

…柑橘系の薫りは、香水なのか、それとも…。

『俺がアルフレッドだ。
アルフレッド・ジュード・ロレンス。
ユージン…佑炎の親友だ。
ロンドン大学で助手をしながら古美術商を営んでいる。
というか、不肖の後継ぎ…だけどね。
…あのあと、ユージンの父親から電報が届いたよ。
君を頼むと。
…大変だったな。
まだ小さいのに、よく頑張った。
よく耐えたね。
藍。君は強い子だ。
でも、もう大丈夫だ。
俺はユージンの代わりだ。
君が幸せな大人になれるように、ずっと傍にいるよ』
…浩藍でも分かりやすい英語で、優しく語りかけてくれた。

『…兄さん…』

一瞬まるで、兄が戻ってきたかのような言い知れぬ安堵感につつまれる。
…もちろん、それは錯覚だ。
…けれど…

『…兄さんが…兄さんが…』

兄を知るこの男の胸は逞しく、そして温かかった。
その胸に貌を押し当てて子どものように泣きじゃくる。
泣いても泣いても、涙は枯れることのない泉のように湧き出て、男の上質なシャツを濡らした。

『…いくらでも、泣いていい。
だって君はまだ子どもなんだから。
…泣くだけ泣いたら、俺の家に行こう。
家政婦のヒューズさんが美味いシェパーズパイを作って君を待っている。
あれを食ったらもう倫敦を離れられなくなるぜ?』

涙に歪むアルフレッドの貌は温かい笑顔で満ちていた。

その大きな手が、優しく浩藍の涙を拭う。
海のように碧い瞳が浩藍を真っ直ぐに見つめる。

『…藍。
君はこれからここで生きていくんだ。
俺と一緒に』








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