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あの海の果てまでも
第3章 新月の恋人たち 〜朱浩藍の告白〜
浩藍の長く濃い睫毛が震えた。

『…山査子飴…』

『ああ、そうさ。
上海の市場の山査子飴が世界で一番美味い。
蘇州のは飴が少ししかかかってなかった。
山査子の実も酸っぱくて小さいのさ。
上海のはモノがいい。
ちょっと高いけどさ。
甘くて飴がぱりぱりしていて…ど、どうした…?』

静かに涙を流す浩藍に、龍は狼狽える。

『…兄さん…!』
浩藍は山査子飴を握りしめ、声を押し殺して泣いた。


…『藍。明日の休日は出かけよう。
何が食べたい?』
学校の休前日、佑炎は必ず浩藍に尋ねた。

浩藍はすぐに答える。
『市場に行きたいです。
山査子飴が食べたい』

佑炎は可笑しそうに…けれど優しく笑った。
『また山査子飴?
藍は山査子飴が好きだね。
もっと美味しいものを食べさせてあげるよ。
フレンチクラブにジビエを食べに行かないか?
それからユダヤ音楽倶楽部にジャズを聴きに行こう』

浩藍は首を振る。
華やかな場所は苦手だった。
『…山査子飴が食べたいです。
兄さんと…』

佑炎はやや苦笑しながら、浩藍の黒髪を愛おしげに撫でる。
『分かったよ。
藍には敵わないな。
山査子飴ね。
…じゃあ市場の粽を買って食べ歩こうか。
アヒルの卵の塩漬けもいいな』

浩藍は眼を輝かせた。
『粽、大好き。
アヒルの卵は…よく分からないけれど、兄さんと一緒に食べるなら、なんでも好き』

佑炎の瞳が少しだけ切なげに細められ、そのまま柔らかく大切そうに抱き締められる。

『…可愛い藍…。
お前のためなら僕は何でもしてやりたいよ…』

…いつも、そうだった。
いつも浩藍を大切にしてくれて、
いつも庇ってくれて、
とうとう、命まで喪ってしまったのだ。
…僕のために…僕のために…!

『…兄さん…兄さん…ごめんなさい…!』

もう、詫びることも出来ない。
何よりも、愛を伝えることも出来ない。
愛していることを。
どれだけ貴方を愛しているかを。
恥ずかしくて、躊躇してしまい、自分から伝えてこなかった。
伝えるべきだったのに。
こんなにも別れが早いのなら。
佑炎に伝える術を、永遠に浩藍は失くしてしまったのだ。

龍が息を呑んで見守る中、浩藍は声を押し殺し涙を流し続けた。




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