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ジャスミンの花は夜開く
第1章 発見
「人気のエリアですのでねぇ…」
「そのご予算ではなかなか…」
「今の時期は動いてる物件が少なくて…」
「急な空きでも出ない限り…」


薫風が肌に心地よい季節ではあったが、この町の不動産屋からの風当たりは強かった。
若者に人気のこのエリアで、茉莉花の望む予算に見合った賃貸物件を探すことは不可能に近かった。
風呂トイレ別の1LDKで7万円。
これが茉莉花の出せる最大の予算だった。
マンションでもアパートでも構わない。
駅から何分歩いても構わない。
この町に惹かれたからこそ、上京しようと心に決めたのだ。


だが、現実は甘くなかった。
今日も全滅だった。
全国展開している不動産屋から、地元に根付く不動産屋まで隈なく回ったが、茉莉花の希望に見合う物件はなかった。
「せめてもう2万円出せませんか?」
「その条件ですと地下鉄で6駅先ならあるんですが」
要するに、茉莉花のような上京し立ての娘がすぐに住めるような住環境はこの町にない、と不動産屋は言いたかったに違いない。
しかし、茉莉花はこの町の雰囲気が好きで上京を決めた。
他の町に住むつもりなどなかった。
この町の住民になることで、地元の友達にも胸を晴れる東京人になれるような気がしていたのだ。


「どんなところでもいいんだけどなぁ」
この数日で路地という路地を歩いた。
S区T台。
1丁目から5丁目まで。
格安ホテルに陣を取り、朝な夕な、ひたすら歩いた。
洒落たレストランやバル。
個性的なセレクトショップやブティック。
流行に乗り遅れることのないスイーツショップがあると思えば、昭和の香り漂う角打ちのできる酒屋が共存していたりする。
テレビや雑誌に散々取り上げられて来たこの町の魅力に、茉莉花は囚われていた。
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