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千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
「久しぶりに美味しい朝食を頂きました。樋口さん、ありがとうございました」
 私は樋口に感謝した。
「いやいや、私なんかなんもしてません。飯が上手いのは飯屋の手柄ですわ、ははは」
 樋口が豪快に笑った。
「一時間くらいで着きますさかい、寝てはってもよろしいですよ」
 樋口のその言葉に私は甘えるつもりだった。が……樋口の優しい言葉からからおおよそ十秒後。
「樋口さん、聞いてくださる?」
 咲子が戦いのゴングを鳴らした。
「何ですか?」
「私の主人、無職なんです」
「おい、やめてくれ。ここでそんなこと言わないでくれ」
 無職と言われて気分がいい人間はこの世にはいない。
「無職? ご主人、働いてへんのですか?」
「はい」
 仕方なくは私はそう返事をした。私が無職であることは事実なのだ。
「樋口さん、○○県の○○市を御存じ?」
 咲子は手を緩めない。
「行ったことはあらへんけど、知ってますよ」
「小さな街なの」
「奈良かて大阪に比べたら小さな街ですわ」
 樋口は大阪のタクシー会社に勤めているが、出身は奈良、そして今も奈良市に住んでいる。
「主人、その小さな街の市役所で統括課長だったの」
「公務員さんですか? やめらたんですか?」
「そう」
「公務員だったら安泰やないですか? 親方日の丸言うて食いっぱぐれがあらへん。何でやめはったんですか?」
「もうやめにしてくれないか。樋口さんだって迷惑だ」
「十二月に○○市の市長選挙があるの。主人、その市長選に立候補する予定なの」
 咲子は、やめろといってやめるような人間ではない。
「ご主人、立派な方やないですか。選挙に出れるなんて大したもんや」
「樋口さんね、私自信がないの」
「自信? 自信てなんのことです?」
「投票用紙に主人の名前を書く自信」
「そんなもん無理してでもかかなぁあきまへんがな。簡単でっしゃろ、ご主人の名前書くくらい」
「君に無理して書いてもらう必要なんかない」
「樋口さん、今聞きました? ○○市市長候補の長谷川亮太ってこういう人なの。人の自由を勝手に奪うような人」
「俺は君の自由を奪ったりしていない」
「奪ったでしょ!」
「あかんあかん、奥さん、喧嘩なんて本気でやったらあきまへんがな。本気でやるのは戦争。喧嘩はやんわりやるもです」

 
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