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千一夜
第58章 第八夜 island 扉
 有名になると、知らない間に友達が増えるとどこかで聞いたことがある。
 私は有名人ではない。タレントでも俳優でもない河田は、経済の世界で有名人なのだ。若くして上場企業の役員。誰が調べたのかわからないが、河田の資産は数百億あるそうだ。そんな河田と私は結婚する。
 母によると、遠い親戚からの電話が最近毎日掛かってくるらしい。隣近所の人間の目も以前とは明らかに変わったと言っていた。
 それを聞いて私は憂鬱になった。結婚というプライベートな出来事が、波紋のように広がり、その輪がだんだん大きくなっていく(私も河田もそんなことを望んではいない)。
 今の気持ちを私は河田にぶつけた。河田は私を理解してくれた。
 結婚式は年の瀬の十二月三十日に河田家と工藤家だけで行うこと(これなら会ったことのないと遠い親戚たちも式に出たいとは言わないはずだ)、式を挙げた後は、成田からヨーロッパに飛ぶ。一月掛けて私と河田は美しいヨーロッパの街を巡る。
 一月と聞いて驚いた私は、河田にこう訊ねた。
「一月もお仕事休んだりしていいの?」
「多分。あっ、そうだ、帰国前にハワイにも寄ろうか?」
「そんなに遊びまわって会社くびにならない」
 旅することは楽しいが、そのために職を失ったら河田はどうするのだろうか?
「くびか……考えたことなかったな。まぁ何とかなるでしょ」
「パソコンとかお仕事の道具とか持っていく?」
「冗談じゃない。僕と麗子の旅に仕事なんか持って行かないよ。一生に一度だけの新婚旅行なんだ。仕事なんかに邪魔されてなるものか。携帯は池沢に渡しておく、麗子もそうしてくれ」
 プロポーズを受けた後、河田は私を麗子と呼ぶようになった。私は河田はあなたと呼ぶ。
「でも携帯は必要じゃない?」
「向こうで買えばいさ」
 河田と付き合い始めて、私は河田という人間を知った。河田は私とデートのとき、仕事の話は一切しない。というか、私は河田から仕事の話を聞いたことがない。
 遊ぶとき、河田はその遊びに集中する男だ。そのとき河田の頭の中には仕事のことは全くない。
 新婚旅行から帰れば、私と河田は横浜のタワマンで暮らすことになっている。私の姓は工藤から河田になる。工藤という姓に未練はない。私は喜んで河田麗子と名乗る。
 新しい世界に私を導いてくれた河田に私は感謝する。
 でも……でも、私は河田良和が怖い。
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