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祐子
第1章 祐子 : その1
「ただいま。」

マンションのドアを開け、祐子は小声でつぶやいた。誰もいない部屋の奥からは、もちろん何の返事も無い。

朝出かけるときは「行ってきます」、帰宅時は「ただいま」と、誰もいない部屋に声をかける。祐子の10年あまりの習慣だ。

親元を離れる一人娘のことを心配した父親が、周りに独り暮しと知れないようにと、娘に課した挨拶だった。
「心配性だなぁ」と、苦笑いをしながらも、当初は自分を励ますように「行ってきます!」「ただいま!」と元気な声を出していたのだが…

近頃ではこの挨拶は、独り身のさみしさを確認するだけの、むなしい行為になっていた。
いっそのこと、やめてしまおうか?と何度も思うのだが…
一度やめてしまうと、この先二度と言う機会がなくなってしまうのでは…という根拠の無い不安におそわれ、仕方なく今日まで蚊の鳴くような声で続けている。

田崎祐子、都内の中堅商事会社の秘書課に勤めている。

社会人になってから今まで、数人の男性とお付き合いをし、中にはプロポーズをしてくれた人もいた。しかし、同世代の男性がなんとなく頼りなく思え、踏み切れずにズルズルと…
気が付けば、アラフォーと呼ばれるような年になってしまっていた。

学生時代には、その明るい性格のおかげで、友達の輪の中心には、いつも祐子の笑顔が輝いていたものだった。
それがいまでは、男性はもちろん、後輩の女性からも煙たがれるお局様になっていた。

マンションに入り、シャワーを浴びるために服を脱いだ。窮屈な下着から解放された、淡い恥毛が嬉しそうに揺れている。
姿見で全身を眺める。スタイルには自信があった。特に腰から太ももにかけてのヒップラインが気に入っていた。
同僚から[男好きのする身体]と言われたことがある。どういうことかよく分からなかったが、悪い気はしなかった。


シャワーを浴び、買ってきたコンビニ弁当を、テレビを観ながら食べる。
食べ終わってしまうと、する事がなくなてしまった。
たいして面白くもないテレビを観続ける気にはなれない…
電話で愚痴を言う相手どころか、メル友すらいない…
出会い系に手を出す勇気は無い…

「お酒でも飲もうかしら…」
いつの間にか、癖になってしまった独り言を言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出しプルトップをひいた。
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