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謀殺された王子は 復讐者として淫らに返り咲く
第18章 ハンマームにて(後)
その目が、怖い──。
「…そうだね」
シアンはそう短い言葉を返すのがやっとだった。
「ああ…もう将官の邸宅に着きそうだ。帰り道はわかるね?」
「え?うんわかるけど…」
「僕は別に行く所があるから、ここからはひとりでお帰り」
「シアンはどっか行くのか?何するの?」
「たいした用では無いよ」
バヤジットの邸宅を前にして、シアンは先に帰るようオメルを促した。
行き先を教えてくれないシアンにオメルは、今度こそ不服そうに口を尖らせる。
「暗くなる前に戻れよ!」
いつもシアンに言われる忠告をよこして、彼はひとりで歩いて行った。
角を曲がりオメルの姿が見えなくなる。
シアンはそれを見届けて、自らの行先を変えた。
もとより男爵のはしくれに過ぎないバヤジットの邸宅は、クオーレ地区の門から近い居住区に建つ。
そこからひとつ城壁をくぐり中心へ近付くごとに、立ち並ぶ建物の荘厳さが増していき、上空に目をやれば古びた塔が見えるようになる。
かつてオメルとシアンが身を隠していた、あの今は使われていない古塔だ。
シアンはその方角を目指した。
塔を目指しているのではない。
彼が歩く先には練兵所と近衛隊宿舎、そして司令部があるのだ。
「──…ごめんね、オメル」
シアンは誰に聞かせるでも無く、小さな声で呟いた。
『 目的が叶ったらさ、二人でここを出よう 』
「僕は此処から出るつもりはないんだ……」
彼を慕うオメルの想いを裏切ろうとしている
それに対する謝罪の言葉を胸の内に刻み付けた。
───
その時、突風にも似た強い風が街を突き抜け、砂塵と共にシアンの髪を巻き上げた。
来たのか────嵐が。
それは人の肌を凍らせてしまいそうな、酷く冷たい風だった。
───…