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謀殺された王子は 復讐者として淫らに返り咲く
第36章 復讐者の記録──伍

 そんな状況でさえ落ち着いた無表情をつらぬくさまは、なるほど…帝国へ滅びを与えんと遣わされた、地獄の美鬼に見えなくもない。

『 なにとぞお聞き入れください! 』

『 陛下!なにとぞお聞き入れください! 』

 騒がしさが増していく仁武殿。




 …無言のヤンが立ち上がると

 嘘のように、静けさを取り戻した。

 玉座から数段下りた後、罪人の目の前まで進んだ皇帝を、危険だと武官が制止する。

 それを鬱陶しそうに押しのけたヤンが、縄で縛られた青年の姿を真上から見下ろした。


『 カナートを破壊するというお前の計画…… 』


『 …… 』


『 俺の利益はあるんだろうな? 』


『 ……勿論です、陛下 』


『 ふっ、そうか 』


 此方を見上げもせず言葉を返した青年に、憫笑(びんしょう)を浮かべる。

 顎から頬にかけて残る傷痕と…眼帯で隠した左の目が今さらながらにピリピリと疼く──

 そんなヤンは羽織った長衣を翻し、青年の横を素通りした。


『 頃合いというわけだ、いいだろう…──
 太袍官の任をといてやる。何処へなりと行け 』


 通り抜ける直前に彼が足元へ落としたのは、赤色の封蝋が押された、いつぞやの密書であった。

 縛られている青年は拾うことができず、ただ、座らされた場所で額を床に付けた。

 ヤンはもう振り向かないだろう。

 彼を呼び止める臣下を無視し、仁武殿の戸の開く音が背後できこえる。



 こうして秘密裏に放免された青年が、キサラジャの王都へクルバンとして舞い戻るのは──およそ二月(ふたつき)後の事であった。















………


───……






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