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君とメメント・モリ
第22章 終章
翼は、唇を噛んだ。

向かい合ったショウは、今や年齢は五十となっている。
背が高く、翼とよく似た鉄紺色の瞳をしていた。

「母を、たのみます」

ショウは翼をまっすぐに見据えて言った。その目の淵は赤く染まり、唇はかすかに震えていた。

翼はうなずき、病室へと入った。


「翼さん?」

凛が微かに横を向いて、かすれた声で言った。

「いるの?」

骨と皮だけになった凛は、全ての生のエネルギーを余すところなく使い果たしたように見えた。

「ここにいるのね?・・・やだな私、しわしわで恥ずかしい」

約束を守り、凛は生き抜いた。その姿は光を纏ったように美しく翼の目に映った。

「きれいだよ、凛」

仰向けに寝ている凛の背中に、腕を差し入れ、抱きしめる。

背中を反らせ、凛はうっとりと目を閉じた。

「・・・翼さん」

たまらない思いで、翼は凛に口づけた。

「んん・・・」

凛が声を漏らした。温かいものが、翼の体内を満たす。

凛の魂は消えゆく。その名残が、胸の内側に沁み込んでくる。

死の領域へと導く直前の瞬間、凛の思考が、翼の胸の内に広がった。

凛には翼の姿は見えていないはずなのに、彼女がまぶたの裏に描いた景色の中に、五十年前にともに過ごした頃の翼の姿が、くっきりとした輪郭を持って立っていた。

すべては凛の想像なのに、翼の睫毛の一本一本までもが、微細に再現されている。

何度も繰り返し夢想することで、凛は想像上の翼の姿を逞しくしていったのだろう。

翼は常に凛の中で、生き続けていたのだ。

凛が、心の中で囁いたのが聞こえた。

「翼さん、ずっと愛してた。ずっと愛してる」



暗転。

力を失った身体が、ベッドにぺたりと全体重を預けるように横たわった。

静寂が、辺りを包む。

呼ばれて部屋に入ってきた医師が脈を確認し、時計を見た。


翼はマントで顔を覆い、姿を消した。

一羽のカラスが、病室の窓の外を横切って行った。




終わり
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