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第32章 銀座

スマートフォンを取り出して、文章を打っているジラーフ。すぐに、打ち終わり、

「さあ、行こうか。今日は閉店だ」

と、苦笑いして立ち上がるジラーフ。立ち上がろうとする私に手を差し伸べて、

「そのソファーは何かを持たないと立ち上がり難いんだ」

と、笑った。私がその手を握ると、ジラーフが引っ張ってくれて、立つことができた。と同時に、勢い余って、ジラーフに抱きつくような姿勢になった。というより、そうなるようにジラーフがした感じだったわ。私を受け止めたジラーフが、

「このまま、連れ去りたい」

と、耳元で囁いた。店の入り口から声がした。

「今月の給料をください。今日で辞めますから」

と、言う声。先ほどの女の子が戻ってきたみたいだった。振り返ると、やはり、そうだった。

「振り込むのに…」

と、ジラーフが名残惜しそうに、私から離れて、カウンターの向こうにあるレジを開けて、お金を数え始めた。

「ジラーフさんの彼女？」

と、訊く女の子。

「違うわ」

と、答えると、怪訝そうに、

「そうなの？でも、あなた、千佳子さんでしょ」

と、私の名前を口にした女の子。

「どうして？」

と、訊くと、女の子が指さした。そこには、ピン止めされた写真。私の写真。でも、なぜ、名前が？

と、思っていると、

「ジラーフさんが、酔っているときに、『この人に会いたい』って言ったから、『誰？』って訊いたら、『千佳子さん』って言っていたわ。『大事な人？』って訊いたら、頷いたわ。そして、『忘れることができない人』だって」

と、女の子は私に話した…。ジラーフを見ると、封筒にお金を入れていた。そして、その封筒を持って、私とその女の子のところに来て、

「はいよ。若干、色は付けておいた。次の店では、ガードを引き締めて、頑張るんだぞ」

と、ジラーフが言った。

「うん。ジラーフさんも、忘れることができない人に会えたんだから、頑張ってね」

と、微笑む女の子。私に、

「バイバイ」

と、手を振って、出て行った…。

「あいつ、何か言っていた？」

と、私に訊いたジラーフ。

「まあ、いろいろね。あの写真のこととか」

と、私が話すと、

「そうか…」

と、ため息を吐いてから、

「遅くなったけど、コーヒーを飲みながら話そう」

と、ジラーフは言った。