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第1章 残業



 いらいらする。

だんだん強くなる雨の音にも、
怖いほど唸る風の音にも、
六時を過ぎたころにエアコンが自動的に切れてからじわじわと上がってきた気温と湿度にも。
華金の五時に私に資料作成を押しつけてさっさと帰っていった部長にも、
その資料が使われる会議を月曜朝イチに早めた取り引き先にも、

仕事を断れない自分にも。



 しかしそれより何よりいらいらするのは、いつも笑顔で定時退勤する隣の同僚が、なぜか今日に限ってまだ帰っていないことだった。

「手伝ってやろうか?」

 ムカつくにやにや顔で、片頬杖をつきながら、相馬が私の顔を覗き込む。

「余計なお世話! さっさと帰ったらどうなの?」

 手伝う、という進言に、心が動いたのは本当だった。
正直、今夜中に終わる気がしなかった。
けれど、彼の助力をあっさり受け入れられるほど、私は無垢じゃなかったし、ぶっちゃけ、相馬に心を許してもいなかった。

 むしろ、嫌いと言っても過言ではない。

 さっさと帰ってくれれば、相馬の席まで資料広げまくって一人気ままに作業するのに。


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