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第30章 個室



「だって、嫌じゃない。自主的に残業してる癖にしんどそうな顔してる人と、一緒に仕事するの」

 至極当たり前のことを言うと、相馬はじっと黙って、それから、



「そういうとこが好きなんですよ」

 ぽつりとそう言った。



 相馬がいきなり、グラスを握ったままの私の手に、そっと自分の手を添えた。

その手は冷たかった。
ビールグラスを持っていたからか、それとも――



「信じてくれた?」

 相馬が顔を上げ、上目遣いで私を見る。



 ……ずるいよ、そんなの。

「ごめん、……ちょっと」



 私が手を引っ込めるのを、相馬はとめなかった。

「お手洗いに……」



 相馬は取り残された自分の手をぎゅっと握って、こちらを見ないまま「入り口の右手」と教えてくれた。

「ありがとう」

 私は鞄からハンカチだけ出して、席を立った。


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