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第35章 コンビニ



 霧野の席からは他の客は見えないが、俺の席からなら、ちょっと首を伸ばせば他の席もカウンターも見えるのだ。
マスターに会計を頼むと、マスターはいつもどおりの返事をして、拭いていたグラスを置いた。

いつの間にか、俺たちが最後の客になっていた。



「すみません、長居して。うるさかったですか」

「とんでもない。みんな、君らの会話が聞こえない、なんで個室に入れたんだカウンターでやれって文句言ってたよ」

「……そうですか……」



 俺の話、どこまで広まっているんだろう。
いや、広めるつもりだったからいいんだけど。

これで霧野に断られたら、外堀から埋めるつもりだった。
俺の情けない姿を晒すことになるのはわかっていたけれど、こうなってはそんな些細なことはどうでもよかった。
霧野が手に入るなら何でも構わなかった。



「お世話になりました」

「みんなが楽しんでれば私はオッケー」



 レジのところで作業していたマスターが、伝票を持ってテーブルに近づいてくる。

「はい。お会計ね」

 いつものようにカードを添えて、一括で、と戻しかけ、俺は手を止めた。



「これ、金額合ってます?」

 確か……俺と霧野で五杯は飲んだはずだ。



「足りなくないすか」

「さすが、気づくね」

 マスターは微笑んだ。


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