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天狐あやかし秘譚
第81章 覆水不返(ふくすいふへん)

☆☆☆
綾音が黄泉平坂でヤギョウと麻衣を追いかけている時、地上ではクチナワによる陰陽師たちへの攻撃が激しさを増していた。
開いた黄泉平坂からあふれる瘴気は蛇肩巾に力を与えると同時に、黄泉の鬼獣を召喚することをクチナワに可能にさせた。黄泉の鬼獣とは、例えば『牛鬼』と呼ばれる牛頭の蜘蛛や、骨だけの馬である『馬骨』、通常のヒグマの二倍以上ある無頭の『鬼熊』のようなものである。それらの妖怪たちは、普通の状態でクチナワが呼び出せるものよりも数段強く、かつ、その数も多かった。
ヤギョウを追いかけ黄泉平坂の入口を目指していた土御門と瀬良は、突如大量に現れたこの黄泉の鬼獣たちに阻まれ、その進行を止めざるを得なくなっていた。
「なんやねん!こいつら、うっとうしい!」
将軍剣で牛鬼の鋭い鉤爪を打ち払いながら、土御門が毒つく。その横では瀬良が馬骨の足元に符を投げつけ、水公縛鎖で縛り付けていた。
「土御門様!数が多すぎます!」
たしかに数が多かった。数分もしない内に左前、土門、九条、御九里らが集まり、戦線を突破するべく呪力を振り絞りはするが、倒しても倒しても、上空に控えるクチナワが次々と鬼獣を呼び出し続けるので一向に埒が明かない。彼が乗っている鵺自体を撃ち落とそうにも、すばしっこく、なかなか攻撃が当たらないでいた。
ーこなくそ!戦況が悪すぎる。フィールドが敵に有利に働き過ぎや。こうなったら・・・
「土御門様!天乙貴人を使いましょう」
背中合わせに戦っている瀬良が言う。それは土御門自身もたった今考え始めたことだった。
『天乙貴人』
それは、土御門が預かる十二天将の中でも最も強く、そして特異な式神だった。一旦呼び出してさえしまえばそれが展開する領域内のすべての呪的現象を完全に支配下に置くことができる。つまり、この状況で呼び出せば、呪術によって呼び出された異界の獣どもを一掃できるだけではなく、クチナワに新たな力を使わせないことも可能なのである。
しかし、その分、いくつかの制約があった。まず第一に呼び出すのに時間がかかるということだ。そして、こちらの方が大きいのであるが、他の式神のように単体で呼び出すことができず、憑坐(よりまし)となる術者を必要とする。そして、天乙貴人の憑坐となった術者には多大な肉体的負担がかかることになる。
綾音が黄泉平坂でヤギョウと麻衣を追いかけている時、地上ではクチナワによる陰陽師たちへの攻撃が激しさを増していた。
開いた黄泉平坂からあふれる瘴気は蛇肩巾に力を与えると同時に、黄泉の鬼獣を召喚することをクチナワに可能にさせた。黄泉の鬼獣とは、例えば『牛鬼』と呼ばれる牛頭の蜘蛛や、骨だけの馬である『馬骨』、通常のヒグマの二倍以上ある無頭の『鬼熊』のようなものである。それらの妖怪たちは、普通の状態でクチナワが呼び出せるものよりも数段強く、かつ、その数も多かった。
ヤギョウを追いかけ黄泉平坂の入口を目指していた土御門と瀬良は、突如大量に現れたこの黄泉の鬼獣たちに阻まれ、その進行を止めざるを得なくなっていた。
「なんやねん!こいつら、うっとうしい!」
将軍剣で牛鬼の鋭い鉤爪を打ち払いながら、土御門が毒つく。その横では瀬良が馬骨の足元に符を投げつけ、水公縛鎖で縛り付けていた。
「土御門様!数が多すぎます!」
たしかに数が多かった。数分もしない内に左前、土門、九条、御九里らが集まり、戦線を突破するべく呪力を振り絞りはするが、倒しても倒しても、上空に控えるクチナワが次々と鬼獣を呼び出し続けるので一向に埒が明かない。彼が乗っている鵺自体を撃ち落とそうにも、すばしっこく、なかなか攻撃が当たらないでいた。
ーこなくそ!戦況が悪すぎる。フィールドが敵に有利に働き過ぎや。こうなったら・・・
「土御門様!天乙貴人を使いましょう」
背中合わせに戦っている瀬良が言う。それは土御門自身もたった今考え始めたことだった。
『天乙貴人』
それは、土御門が預かる十二天将の中でも最も強く、そして特異な式神だった。一旦呼び出してさえしまえばそれが展開する領域内のすべての呪的現象を完全に支配下に置くことができる。つまり、この状況で呼び出せば、呪術によって呼び出された異界の獣どもを一掃できるだけではなく、クチナワに新たな力を使わせないことも可能なのである。
しかし、その分、いくつかの制約があった。まず第一に呼び出すのに時間がかかるということだ。そして、こちらの方が大きいのであるが、他の式神のように単体で呼び出すことができず、憑坐(よりまし)となる術者を必要とする。そして、天乙貴人の憑坐となった術者には多大な肉体的負担がかかることになる。

