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天狐あやかし秘譚
第81章 覆水不返(ふくすいふへん)

「お母さん!!」
麻衣ちゃんの声だった。その声を聞いて私は何が起きかけているのかをようやく把握した。
『死者の呼び戻し』
作戦が始まる前の土御門の言葉を思い出す。
『死返玉は、あの世とこの世の境目をなくす力を持つ神宝や。適切な場所で使えば、常世に行ってもうた死者をもう一度呼び戻すことができる』
片霧麻衣は災害孤児だ。父も母も親戚や友人すら失ってしまっている。
あの石川県の山の中で麻衣は言っていたではないか。
『・・・お兄ちゃんたちの言う通りだった・・・。『おんみょうりょう』っていうところからくる悪い人たちが、麻衣がお父さんたちと会うのを邪魔しにくるから注意してって・・・』
まつろわぬ民は言ったのだろう。すべてを失って、心を閉ざした片霧麻衣に。
『父を、母を蘇らせたくはないか』
と。
だからだ。父母に会いたい一心で異常な状況下でも彼女はまつろわぬ民を信頼し、ついていき、苦しみに耐えて、ここにいる。そして、今、神宝・死返玉に祈りを捧げ、黄泉と現世を隔てる最後の障壁を壊そうとしているのだ。
「ダメ・・・!」
私の口から鋭い声があがる。そうだ、あれを進めてはいけない。
走ろうとするが、まるで夢の中で駆け出そうとしているかのようだ。思うように動かない。唇は動くが、大声を上げることもできない。
あと30メートル
きっと麻衣ちゃんは知らないんだ。イザナギが黄泉の岩戸を開けたあとの結末を。
水中をもがくかのような緩慢な動き。もどかしいほどの足取りの遅さ。
でも、それでも、いかなくちゃ、止めなくちゃ!
あと20メートル
ますます岩戸は、その色彩を薄くし、向こう側がよく見えている。岩戸の向こうは真っ暗だ。漆黒の闇だ。硫黄の匂いが強くなる。瘴気が濃くなる。生きとし生けるものが決して辿り着いてはいけない世界がそこに広がっている。
お願い!辞めて!
私の願いが虚しく響く。
麻衣ちゃんの顔が見えるが、こちらは全く見ていない。目は岩戸の向こうに釘付けになっている。岩戸の向こう、一番手前に立っている二人の男女。背の高い男性、それより少し背が低い、肩までの髪の少しふくよかな女性。顔は暗くてよく見えない。男性は大きく手を振っている。女性は手を体の前で組んでいるように見えた。
あと10メートル
麻衣ちゃんの声だった。その声を聞いて私は何が起きかけているのかをようやく把握した。
『死者の呼び戻し』
作戦が始まる前の土御門の言葉を思い出す。
『死返玉は、あの世とこの世の境目をなくす力を持つ神宝や。適切な場所で使えば、常世に行ってもうた死者をもう一度呼び戻すことができる』
片霧麻衣は災害孤児だ。父も母も親戚や友人すら失ってしまっている。
あの石川県の山の中で麻衣は言っていたではないか。
『・・・お兄ちゃんたちの言う通りだった・・・。『おんみょうりょう』っていうところからくる悪い人たちが、麻衣がお父さんたちと会うのを邪魔しにくるから注意してって・・・』
まつろわぬ民は言ったのだろう。すべてを失って、心を閉ざした片霧麻衣に。
『父を、母を蘇らせたくはないか』
と。
だからだ。父母に会いたい一心で異常な状況下でも彼女はまつろわぬ民を信頼し、ついていき、苦しみに耐えて、ここにいる。そして、今、神宝・死返玉に祈りを捧げ、黄泉と現世を隔てる最後の障壁を壊そうとしているのだ。
「ダメ・・・!」
私の口から鋭い声があがる。そうだ、あれを進めてはいけない。
走ろうとするが、まるで夢の中で駆け出そうとしているかのようだ。思うように動かない。唇は動くが、大声を上げることもできない。
あと30メートル
きっと麻衣ちゃんは知らないんだ。イザナギが黄泉の岩戸を開けたあとの結末を。
水中をもがくかのような緩慢な動き。もどかしいほどの足取りの遅さ。
でも、それでも、いかなくちゃ、止めなくちゃ!
あと20メートル
ますます岩戸は、その色彩を薄くし、向こう側がよく見えている。岩戸の向こうは真っ暗だ。漆黒の闇だ。硫黄の匂いが強くなる。瘴気が濃くなる。生きとし生けるものが決して辿り着いてはいけない世界がそこに広がっている。
お願い!辞めて!
私の願いが虚しく響く。
麻衣ちゃんの顔が見えるが、こちらは全く見ていない。目は岩戸の向こうに釘付けになっている。岩戸の向こう、一番手前に立っている二人の男女。背の高い男性、それより少し背が低い、肩までの髪の少しふくよかな女性。顔は暗くてよく見えない。男性は大きく手を振っている。女性は手を体の前で組んでいるように見えた。
あと10メートル

