この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
天狐あやかし秘譚
第82章 悲壮淋漓(ひそうりんり)

そこには、たしかに男性がひとり、女性がひとりいた。しかし、女性の顔は醜くグズグズに崩れており、肉が腐り落ち、頬の下に白い骨が見えていた。前に手を組んでいたと思っていたのは肩から外れかけた右の腕が左の腕に引っかかっていてそのように見えていただけだったのだ。手を大きく振っている男性の方は、頭皮がズルリと剥け落ち、陥没した頭蓋からは黒ずんだ脳が見えている。顔には引っかかるようにメガネがついていたが、その奥で左の眼球が垂れ下がり、白い蛆虫が眼球に沿ってゆっくりと這い回っていた。
蘇ってなど、いなかったのだ。
ただ、這い出してきただけだった。黄泉の国から、死んだ、その姿のままで。
「きゃああああ!!!」
ついに麻衣ちゃんが悲鳴を上げる。その悲鳴を合図に、黄泉の死者たちが岩戸から溢れ出す。彼らは私達などには目もくれず、黄泉平坂を遡っていく。現世の光こそが、彼ら死者が、求める唯一の救いだからだ。
「主か・・・。ようやったのぉ・・・」
突然、歪に濁った女性の声がした。死者たちの群れの奥、最も濃い瘴気に包まれたそれは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
・・・重いっ!
近づいてきただけでチリチリと肌が爛れていくような感覚にとらわれる。いや、実際にそうなのだろう。
「これで、あの人の作りし国を・・・滅ぼせるぞよ」
真っ白な肌、銀に光る髪、青い唇。冷たい死者の様相を示しながらも、すべての死者の内にあって唯一美しさを保ったそれは、妖艶に笑った。
まさに死を纏ったその人物、それこそが麻衣ちゃんが先程名を呼んだ黄泉の国の女王・・・
「イザナミ・・・」
冷や汗が背中を流れる。
死が、私達に歩み寄ってきた。
イザナミがその白い指で麻衣ちゃんの頬をそっと撫ぜる。先程まで彼女を包んでいた青い光はすっかり消え失せ、彼女もまた黄泉の瘴気の前に身動きが取れなくなってしまっていた。
「依代としては申し分ない・・・どれ、その宝珠をよこすが良い」
麻衣ちゃんのもとにかがみ込むと、イザナミはその手の中からいとも容易く死返玉を奪い取る。
「では・・・黄泉返るとしようかの」
そのまま空を振り仰いだかと思うと、勾玉をゴクリと飲み込んでしまう。ざあああっと何かが羽ばたく音がした。何だと思ったら、それはイザナミの身体にまといついていたハエが飛び立ったのだと分かった。
蘇ってなど、いなかったのだ。
ただ、這い出してきただけだった。黄泉の国から、死んだ、その姿のままで。
「きゃああああ!!!」
ついに麻衣ちゃんが悲鳴を上げる。その悲鳴を合図に、黄泉の死者たちが岩戸から溢れ出す。彼らは私達などには目もくれず、黄泉平坂を遡っていく。現世の光こそが、彼ら死者が、求める唯一の救いだからだ。
「主か・・・。ようやったのぉ・・・」
突然、歪に濁った女性の声がした。死者たちの群れの奥、最も濃い瘴気に包まれたそれは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
・・・重いっ!
近づいてきただけでチリチリと肌が爛れていくような感覚にとらわれる。いや、実際にそうなのだろう。
「これで、あの人の作りし国を・・・滅ぼせるぞよ」
真っ白な肌、銀に光る髪、青い唇。冷たい死者の様相を示しながらも、すべての死者の内にあって唯一美しさを保ったそれは、妖艶に笑った。
まさに死を纏ったその人物、それこそが麻衣ちゃんが先程名を呼んだ黄泉の国の女王・・・
「イザナミ・・・」
冷や汗が背中を流れる。
死が、私達に歩み寄ってきた。
イザナミがその白い指で麻衣ちゃんの頬をそっと撫ぜる。先程まで彼女を包んでいた青い光はすっかり消え失せ、彼女もまた黄泉の瘴気の前に身動きが取れなくなってしまっていた。
「依代としては申し分ない・・・どれ、その宝珠をよこすが良い」
麻衣ちゃんのもとにかがみ込むと、イザナミはその手の中からいとも容易く死返玉を奪い取る。
「では・・・黄泉返るとしようかの」
そのまま空を振り仰いだかと思うと、勾玉をゴクリと飲み込んでしまう。ざあああっと何かが羽ばたく音がした。何だと思ったら、それはイザナミの身体にまといついていたハエが飛び立ったのだと分かった。

