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天狐あやかし秘譚
第103章 琴瑟相和(きんしつそうわ)
そうだ、母にとって私は、一番心配な娘だったに違いない。

思えば、母は・・・そして、父も、いつもいつも私のことを気にかけてくれていたなと思い出す。姉や弟に比べてどんくさくて、成績も悪い、容姿も十人並みな私だったけど、グレずにここまで来れたのは、いつもいつも、母や父が見守ってくれている、というのが痛いほど分かっていたからだった。

ああ・・・ダリのこと、見せてあげたかったな・・・。

それだけが心残りだった。

こんなに立派な彼氏が(妖怪だけど)いるんだよって、見せてあげたかった。
そしたら、どんなに安心するだろう・・・(妖怪だけど・・・)

母が、手荷物検査場に向かって歩いていく。
佐那もその後ろをちょこちょこっとついていった。彼女も何度も、何度も振り返って私に手を振ってくれる。

それに応えてそっと私も手を振った。

バイバイ、佐那姫・・・お母さんを、守ってあげてね・・・。

手荷物検査場に並んでいる母が最後の折り返しを曲がろうとしていた。
私はその列の外側でまた、手を振る。ここを折り返して、あのゲートをくぐったら、またしばらく母に会うことはない。

本当にこれで最後だ。

「バイバイ、お母さん・・・」

母がにっこりと笑った。そして、さも、今思い出した、といった風情で『そう言えば』、と。

「綾音、今回は会えんやったけど、今度はお母さんにも彼氏に会わせてね」
ドキン、と心臓が跳ねる。
「え!そ、それ・・・なんで?」

ダリの術は完璧だったはず。瀬良も陰陽寮の人達も、もちろん佐那も、母にダリの存在を告げる人はひとりもいなかったはずだ。それなのに・・・

「なんか事情があるんやろ? よかよ・・・言えるようになったらで。あんたはお母さん悲しませるごとなことはせん。母さん、分かっとるけ」

言い残した母は手荷物検査場の向こうに消えていった。
私の目から、涙がこぼれる。

母が行ってしまう・・・。
私は大きく手を振って叫んだ。母に、聞こえるように・・・母に届くように。

「素敵な!素敵な人なんよ!!・・・私・・・私の大切な人なんよ!!!」

その私の言葉が聞こえたのかはわからない。母はすっと手を揚げてパタパタと軽く振ると、空港の人並みにそのまま消えていったのだった。
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