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天狐あやかし秘譚
第16章 往事茫茫(おうじぼうぼう)
『あれはあなたではないですよ?』
不意に左の方から女性の声がした。あたりを見回すが誰もいない。ただただ月影が落ちる庭があるだけだ。
『あれは1000年前の天狐の恋人』
今度は右側から声がする。同じ声だった。移動した?
『碧音・・・という女』
後ろから。この声、どこかで聞き覚えが・・・。
『天狐が愛したただ一人の女』
上?
『あなたは、その代わり・・・代替物なの』
『いやよね・・・嫌。憎い・・・憎いでしょ?』
『妬ける、焼ける、灼ける・・・体中が焼け爛れて、恨みの気持ちで胃が逆流する』
『天狐はあなたのものにならない』
『天狐が愛したのは、碧音だけ』
『碧音だけ・・・あなたは単なる・・・・』

代替物・・・。

嘘・・・嘘だよね?
じわっと、胸の中に黒い何かが湧いてくる。
私だから、愛したのではなく、碧音という女性に似ていたから?

ワタシヲアイシタノジャナイ

そうなの?

『憎いね、憎いね・・・・一緒に行こう、行こう・・・恨みを晴らそう、みんな壊そう』
『誰もあなたを助けない、誰もあなたを顧みない、誰もあなたを求めない』

『こんな世界・・・いらないよねええ!!!!!』

絶叫する。絶叫したのが私なのか、その声なのか・・・分からない。

そうだ・・・いらない・・・いらないよ。ダリがいないのなら、誰も私を愛さないのなら、私、私は生まれたときから、顧みられなかったから・・・。

『かあいそうにね・・・親からも見られなかったね
 かあいそうにね・・・誰も助けなかったね
 かあいそうにね・・・優しいと思った男は・・・実は・・・』

あなたを欲望のはけ口としか、見てなかったんだよねえ?

ニヤリと嫌な笑みを浮かべた女が私とダリたちの間に浮いていた。
黒い身体、黒い顔、目だけが爛々と赤く燃えていた。口を開くと赤く笑う。

その影が手を伸ばした。

『一緒に行こう・・・私達と・・・仲間だよ・・・仲間がいるよ』

な・・・かま?
そうか・・・仲間。一緒・・・みんな一緒なら・・・恐くない?もう、淋しくない?

私はおずおずと手を伸ばす。
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