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天狐あやかし秘譚
第19章 拈華微笑(ねんげみしょう)
そして、それがわかった時、彼女の、そして私の胸に、あふれるような悲しみが満ちてきた。

「ああああああああ!!!」

木霊は顔を覆い天を仰いで絶叫した。
世界が歪む。私と、木霊の意識が溶け合い、混ざり合い。彼女の悲しみは私の悲しみになった。

嘘だ・・・嘘だ嘘だ・・・
必ずと言った、必ず帰ると!

『私』と溶け合った私の意識が異界から戻ってきた。目を開く。遊就館の中だった。
眼の前に幾葉も貼り出されている『特攻隊員の手紙』

『私』は夢中で読み続けた。
あるものは父に、あるものは母に、教師に、友人に、
淡々と、死地に赴く決意を書いた手紙たち。

残されたものを案じるもの、謝罪するもの、誇りを持ってほしいと震える字体でしたためたもの。

読んだ、読んだ、読んだ、読んだ・・・

『私』は読み続けた。

そして、ついに見つけた。

「綿貫 誠一」

それは、あの人が遺した手紙だった。

懐かしい文字、家族や両親に向けたあの人らしい優しい気遣いに溢れた手紙だった。
涙が、溢れて止まらない。
ガラス越しに文字を指でなぞる。
届かない、時間の向こうのあなた。

最後の一文が胸に刺さる。

『約束が守れなくて、すまない・・・。
 桔梗、天の国で、君を待つ』

瞬間、『私』の時間が巻き戻る。最初に彼に出会った夜。
『私』は彼に名を聞かれたが答えられなかった。

名を持たなかったから。

『私』が困ったように黙っていると、彼が庭先の桔梗を見て言った。
「桔梗、と呼んでいいですか?」
と。彼が呼んだから、『私』の名はその時から桔梗になった。

桔梗として、彼に会った。
桔梗として、彼の奏でるハーモニカの旋律を聞いた。
桔梗として、彼に抱きしめられ、
桔梗として、ここにいる。

そして、彼は最後まで、『私』を想ってくれていた。

その手紙の前から『私』は動けなかった。
時間が過ぎ、閉館時間になって、ダリに促されるまで。

涙が、とめどなく、涸れるほどに、流れていった。
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