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天狐あやかし秘譚
第26章 往古来今(おうこらいこん)
姉が言っていた。母はいつも不幸そうだったと。
ただ、その身体が先代当主の好みであったというだけの理由で、将来の生贄のための子を孕まされるべく、夜ごとに犯され続けた母。姉は夜ごとに繰り返される狂宴を止めることも出来ず、幼い身体を小さくして震えていることしか出来なかったと言っていた。

『あなたは、必ずいつか、この浮内の家を出なさい』

それが、姉の口癖だった。

「居場所がわかっているのなら、急ぎましょう。とにかく綾音さんを救い出すのが先決。それからこの島を脱出します。データは十分とれました。後は、陰陽寮に・・・お任せください」
宝生前さんが立ち上がる。
「ダリさん、先程、『ホシガリ様』が使った術は、わかりますか?綾音さんは異界に取り込まれたようですが・・・」
ダリさんもまた、立ち上がる。

「問題ない・・・我は天狐・・・天狐、ダリぞ」

その瞳は壁の向こうを見つめていた。
静かだが、激しい怒りが全身からあふれているようだった。

「わかりました・・・。ただ、妖力は温存を。あなたは、綾音さんがいないと・・・」
言いかけた宝生前さんをダリさんがキッと睨みつける。おっと、と宝生前さんは言葉を切った。どうやら、誇り高き天狐のプライドを傷つけそうになったようだった。

「貴様に、言われるまでもない」

とにかく、綾音さんを助けることが先決だ。僕を救うために、囚われたようなもの。今度は僕は、恩返しをする番だ。

僕らは立ち上がり、奥の間を目指し歩き始めた。
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