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天狐あやかし秘譚
第46章 屋烏之愛(おくうのあい)
最初はわからなかったが、小学校に入った頃には、やっぱりこれはおかしいことだ、と思い始めていた。パパもママも、本当の私と話をしていない、という奇妙な感じ・・・。この家の人は誰一人、『真白という私』を見ていない、そう思えてきた。

ただ、そんな中、お兄ちゃんだけは、私にそのままぶつかってきてくれていた。
私と喧嘩もしてくれた。木登りや川遊びをしてくれた。
お兄ちゃんといるときだけ、私は『真白』になっていた。

でも、お兄ちゃんは病弱で、寝込むことが多かった。そんなとき、私は決してお兄ちゃんの傍に行くことを許されなかった。

「だって、あなたが病気になったら困るでしょう?」

ママはそう言ったけど、それは決して『真白』を心配しているのではないようだった。

そんな生活が続いて、お兄ちゃんは日増しに弱っていくようだった。
私は何か出来ないかと一生懸命考えた。お医者さんのための本を読んだりもした。しかし、小学生でなんの力もない私にできることなど、ありはしなかったのだ。

そんなある日、私が10歳の時、『アレ』が起きた。

確か、私がお兄ちゃんにお風呂が開いたことを知らせに行ったときだったと思う。

このところ、お兄ちゃんは体の調子がより悪くなっていて、とても元気がないのが気になっていた。私は、家はともかく学校に行くのは楽しかった。だから、お兄ちゃんにも早く元気になって学校で元気に過ごしてほしいと思っていたのだ。

『兄様・・・お風呂、パパが出たって』

いつも、こういったお知らせをするのは女中の高橋さんのお仕事なのだけど、この日は私はお兄ちゃんが心配だったのもあって、自分から言いに行ったのだ。そっとお兄ちゃんの部屋の戸を開いて声をかけた。

部屋は暗く沈んでいて、なにかプンと饐えたような匂いがした。

『兄様?』

もう一度呼ぶ。聞こえなかったのかと思った。その声でやっと、のそり、とお兄ちゃんがベッドの上で起き上がった。その目が、廊下の明かりに反射してギラッと光ったように見える。

『真白・・・なのか?』

驚いたように言った。私がわからないの?と一瞬思ったが、そういう意味じゃなかったようだった。

『お風呂・・・あいたって』
もう一度言うと、お兄ちゃんが起き上がってこっちにゆっくり歩いてきた。その様子がいつもと違っていて、一瞬ゾクリとする。
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