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天狐あやかし秘譚
第48章 月下氷人(げっかひょうじん)
「綾音、まだ、どこか痛むのか?」
ダリの手がそっと肩にかかる。とても暖かい手。
もちろん、身体のどこかが痛むわけではない。

嬉しい、と、情けない、と、
苦しい、と、愛おしい、が、
ないまぜになったような感情が胸の奥から湧いてきて、涙になって止まらなくなった。

「ごめんなさい・・・心配かけて・・・ダリ・・・」
確かに私は、真白さんたちを助けたかった。
土御門が言うように、結果的には、あのときああしたのは正解だったのかもしれない。
でも、多分・・・いいや、絶対、私は、私を愛してくれるダリのためにも、自分を大事にしなきゃいけなかったのだ。

どこか、甘えていたのかもしれない。
ダリが、なんとかしてくれる、と。

でも、意識を取り戻した時、ぎゅっと抱きしめられて、その後も、たくさん心配そうな顔で見られて・・・私は自分がとてもいけないことをしたと思った。

私は、これまで生きていて、心のどこかで『人は自分のことなんてどうでもいいと思っている』と思ってきたと思う。
私がどうなろうと、他人の心には露ほどの影響もない、と。

でも、違う。
違うと、思い知らされた。

愛されるということは、こういうことなのだと、身に沁みて分かった。
わかつことができない、心のありよう。
それを、人は愛と言うんだ。

ダリの腕が私の身体を抱きしめる。
その身体から立ち上る香気が、温かさが、私を深く深く安心させた。
 
その顔を見上げる私の唇に、そっと彼の唇が重なる。
最初は軽く、すぐに強く。
私の存在を確かめるような強い抱擁、熱い口づけ。

唇を離し、耳元で囁く。
「綾音・・・、もう、あのような目には遭わせぬ
 必ず、守る」
「うん・・・」

私も、あなたの思いを大切にするよ・・・。

「だから・・・我の手から、零れないでくれ・・・」
「うん・・・」

そっと彼の背に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
ダリもまた、私の身体をその身に引き寄せるように抱きしめる。

月光の下、重なる身体、重なる思い。
長かった一日が、やっと本当に終わった気がした。
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