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天狐あやかし秘譚
第55章 不立文字(ふりゅうもんじ)
も、もしかして・・・。

綿貫亭敷地内に戻ってきたダリは、リラックス狐神モードに戻っている。そんな彼をちらっと見やる。あまり、確認したくないけど、聞かずにはいられない。

「ねえ・・・ダリ・・・、もしかして、あの貧乏神、大谷の試合見なくても清美さんから離れられたとかっていうことは・・・・」
ダリがチラと斜め上に視線をそらす。
彼も、どうやら同じ結論に達していたようだった。

「綾音が・・・優しいと踏んで、ドサクサに紛れて自分の望みを言うたようじゃな・・・」

ビシ!
こめかみに青筋が走るのを感じる。
怒りがメラメラと心の内から湧き上がる。

苦労したのに!
心配したのに!
めっちゃ、恥ずかしかったのにぃ!!!!

キッと天を見上げる。もう、消えてしまったが、えびす神、貧乏神が消えたあたりを睨みつけた。

ムカムカムカ!
これが・・・これが叫ばずにいられるだろうか!!

「ば・・・・ばかやろー!!!どうしてくれるんだああ!!!」

早春の夜。綿貫亭に、乙女の怒号がこだまする。

「まま・・・?」
「綾音殿?」

清香ちゃんと芝三郎が突然の私のブチギレに戸惑いを隠せない様子を見せる。ダリだけが私の心情を理解したのか、困ったような笑みを浮かべた。

当然、私の叫びに貧乏神の答えはない。

ひゅううと風がひとつ吹き抜ける。
びっちゃびちゃに濡れたお尻が、ただただ、冷たかった。
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