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なりすました姦辱
第1章 脅迫されたOL
 叫び声を上げる余裕もなかった。

 用を済まして手を洗っている者の背後から覗き見た鏡には、見ず知らずの男が映っていた。痛いほど打つ鼓動に、顔を歪める。鏡の中の彼の表情も歪んだ。鼻先や頬に手をやると、鏡の中の奴も同じように動く。

「おら、終わったんならどけよっ」

 洗面台前の中途半端な場所で立ち尽くす保彦へ、手を洗いたいサラリーマンが肩をぶつけてきた。何とか踏ん張って、薄汚い床に倒れることは免れたものの、タイル壁で強かに体を打った。

「大丈夫ですか?」
 個室が空くのを待つ列に並んでいたサラリーマンが声をかけてきた。「気分が悪いなら、トイレを出て左に行くと、すぐに駅員さんの事務室がありますよ」
「あ、いや……」

 そう答える自分の声も、喉が絡んだように震え、全く馴染みのないものだった。

 保彦は更に追い込まれ、親切なサラリーマンに礼も言えず、ふらふらとトイレを出て行った。

 かなり薄くなっているのに、往生際悪く長く伸ばした髪、それを無理矢理に頭に貼りつけ、シミとふきでものの痕が遠目でも分かるほどの赤紫色の肌、腫れぼったく垂れた瞼、団子鼻、ところどころ皮がめくれている厚い唇に無精髭。

 鏡に映った男は、とてつもなく醜い男だった。

 誰だ、あいつは。なんなんだ、これは。

 これだけ精神的ショックを受ければ、夢ならばすぐに醒めてもおかしくなかった。しかしいくら望めど、その時は一向に訪れてくれず、どこへともなく歩を進めた保彦は、京成上野駅の近くまでやってきていた。恩賜公園への入口が見える。とにかく座りたい。頭だけ見えている西郷隆盛を目指し、長い階段を昇っていった。

 平日朝の恩賜公園は、早くに起きて散歩や体操をしてから、仲間たちと歓談を楽しむ老人たちで殆どのベンチが塞がれていた。かなり奥まで進み、ようやく空いたベンチを見つけると、崩れるように腰を下ろす。背後を走っていくJRの車音を聞きながら、身を屈めて顔を覆った。

 どうすればいい?

 項垂れたまま、スマホで時間を確認した。
 もうすぐ9時。すぐに新宿に向かえば、充分間に合う時間だ。

 一瞬そう思うも、この姿で会場に行くのか、と自分が自分に苦言を呈してきた。
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