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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第16章 鬼の葛藤

 鬼は屋敷にひとりとなった。

 静寂が重く降り、地下の部屋に冷たい空気が満ちる。

 鬼は天哭ノ鏡の前に立ち、黄金の瞳をその表面に注いだ。巫女の姿、肌を重ねた時の熱が脳裏に蘇る。

 どれだけ快楽を与え、妖気を注いでも、彼女は決して彼の手に堕ちない。その魂を手に入れようと求めども、彼女の言う美しさ、慈しみ、正義──それらは、鬼である彼には理解しがたいものだった。

(何故だ……)

 彼は自問する。

 巫女を支配しようとしたのは、暇を持て余したゆえの遊びだった。

 だが、彼女の清らかさに触れるたび、理解できない感情に振り回される。彼女を乱そうとしたはずが、気付けば乱されているのは自分だった。

 紡がれる言葉──彼女の不思議な温もりが、鬼の心に深く突き刺さる。

 八百年にわたる孤独、探し物の果ての空虚さが、彼女の存在によってさらに色濃く浮かび上がる。巫女は鬼にとって、支配したい対象であると同時に、手にはいらない美しさの象徴だった。


(俺は……あの女をどうしたいのだ)


 いっそ、探し出して、息の根を止めてしまおうか
 このまま縛られ、理解できぬまま生きるくらいなら──


 彼女の魂を完全に自分のものにできない苛立ちが、胸を焼く。だが、手放すという選択ができない。それがよけいに鬼を深みへとはめていくのだ。

 彼女を失うことへの拒絶が、ここで初めて、鬼の胸を締め付けた。



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