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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第23章 旅の夜

──…
あれから季節が巡り、人界は春を迎えていた。
都近くの里山では、桜がほころび、柔らかな風が新緑の香りを運ぶ。
夕暮れの空は茜色に染まり、遠くの山々が紫に霞む。
里の小道には、木賃宿(キチンヤド)の軒先に吊るされた提灯が、そよ風に揺れて温かな光を放っていた。
「こんばんは。ひと晩のお宿をお願いできますか?」
小さな木賃宿の戸をくぐり、巫女が宿主に声をかけた。
高い声が春の風のように柔らかく響く。
白い小袖に緋袴の巫女服が、夕暮れの明かりに映え、艶やかな黒髪が肩に流れる。
人間の姿をしている彼女だが、その清らかな気配は天狐(テンコ)としての神聖さをかすかに漂わせていた。
彼女の声を聞き、奥から亭主が顔を出す。
「部屋はあいてますぜ。…おや、その格好は巫女さまかい?」
亭主が顔を上げ、目を細める。
「ええ、そうです」
夕暮れの明かりを背景にたたずむ巫女は、まるで絵巻物の乙女のように美しい。
長い黒髪が風にそよぐたびに光を反射し、琥珀色の瞳が穏やかに輝く。

