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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第23章 旅の夜

亭主は一瞬見惚れ、言葉を忘れた。
「なして、こんなとこにいらっしゃる? どこの神社の巫女さまだい」
「ずいぶん…遠くから来ました。今は都周辺の村や里を、供養の旅でまわっております」
巫女の声は静かに、遠い記憶をたどるような響きがあった。
「そうかい……まぁこのあたりは、いろんなコトがあったからなぁ」
「……」
亭主の言葉に、巫女の眉がわずかに下がる。
都に攻め込んだ士族の反乱は、結局、帝(ミカド)を支持する別の士族によって鎮圧された。幽閉されていた帝は救出され、宮中に戻り、逃げていた貴族たちも戻り始めたという。
──もともと大蛇(オロチ)との取り引きで手に入れた仮初めの栄冠だったのだから、それは当然の結末だった。
巫女の胸に、鬼界での戦い、呪いの浄化、命を賭したあの日の記憶がよみがえる。彼女の犠牲と天狐への変化が、人界の均衡をわずかに取り戻したのだ。
「それで、後ろの兄さんは従者ですかい?」
「……ぇ?」
亭主に指さされ、巫女が跳ね返るように後ろを見た。
「……っ」
そこには、長い黒髪を後ろで結わえた着物姿の若い男が立っていた。
濃紺の着物には、雲の柄が織り込まれ、肩幅の広い堂々とした体躯が、夕暮れの光に映える。
ただ、背の高い彼が宿の入口に立つと、あっという間に射し込む光を遮ってしまった。
彼は巫女にずいと近づき、風呂敷にくるんだ彼女の荷物を手に取った。
「ああ、俺も同じ部屋だ」
巫女は困った顔で彼を見上げる。
そんな彼女を笠の影から見下ろした男の目は、黄金色だ。
男は腰をかがめ、彼女の耳元で囁いた。
「長く歩いて疲れただろう?部屋に行くぞ……巫女姫さま」
その声に、巫女の頬がわずかに赤らむ。
亭主は二人の親密な様子に目を丸くしたが、すぐに笑顔で頷き、宿の奥へと案内した。
「あの、宿代はおいくらですか?」
「巫女さまから金はとらねぇですよ!ささ、こちらへどうぞ」
木の廊下がきしむ音が、春の夜の静寂に響く。

