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雨夜に灯る
第4章 濡れた髪と夜のページ
雨は、夜になっても止まなかった。
書店の閉店時刻をとうに過ぎても、外はしとしとと音を立てている。
詩織は鍵をかけると、ふたりの間に漂っていた沈黙を破るように言った。

「……もうちょっとだけ、いてもいいですか?」

美沙はこくりとうなずいた。
さっきまで読んでいた詩集が、まだ手の中にある。ページは途中。けれど、文字はもう、目に入ってこなかった。

「コーヒー、淹れますね。インスタントだけど」
そう言って奥へ消えた詩織の背中を、美沙は見つめていた。
たったそれだけの時間が、妙に長く感じられる。
やがて湯気とともに差し出されたマグカップに、ふたりの距離が縮まる音がしたような気がした。

「シャワー、借ります? すぐそこに、裏の小部屋があって」
詩織の視線は、濡れた美沙の髪に向けられていた。
あの日と同じ、あの目。やさしくて、どこか危うい。

「……うん、借りる」
自分の声が少しかすれていることに気づいて、美沙は目をそらした。

裏の部屋は、古いけれど清潔だった。
シャワーの音を立てながら、美沙は胸の内にあるざわめきを持て余していた。
温度はちょうどいい。けれど、それだけじゃない。
髪に触れる水よりも、詩織の指が記憶に残っている。

バスタオルに包まれて出たとき、詩織はソファに座っていた。
読みかけの詩集を膝に乗せて、静かにページをめくっている。

「……髪、乾かさないと風邪ひきますよ」
そう言って、立ち上がった詩織の手には、ドライヤーが握られていた。

美沙は頷き、黙って椅子に座る。
背中から風が当たる。ドライヤーの音がふたりの間の会話を吸い込んで、代わりに指先がそっと髪をすくっていく。

声にできないものが、指の間に絡まっていく。
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