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リクエストのラストワルツ
第4章 初めての一夜

「スクランブルエッグ好き?」
「はい、好きです」
「よかった! 顔洗ってらっしゃい」

 姉に促される弟のように渡されたTシャツを着て部屋へ戻ると、窓際に冴子の可愛い下着と並んで自分のものも干されているのが眼に入り、恥ずかしいような嬉しいような不思議な気持ちになった。

「アパートへ戻らないといけないでしょ」

まだ6時前を指す壁の時計を見ながら、いったいどのくらいの時間眠ったのかすぐにはわからず、一晩を一緒に過ごしたことに戸惑いを覚えるばかりの慎也だった。

「ごめんね、食器が揃っていなくて…」
 
 申し訳なさそうに冴子が言ったが、普段の朝とは全く違うテーブルの上を見ながら、彼は改めて彼女に憧れを抱いた。

「冴子さんの朝はいつもこうなんですか?」
「違うわよ、今朝は特別」

 笑いながら冴子が応えたが、もし一緒に暮らしたらこんな朝になるのかなと慎也は勝手な想像に包まれていた。
そして、思い切って冴子に訊ねた。

「冴子さん、ほんとうに誰も彼氏いないんですか?」

 前にも思ったが、その気配を感じなかったから。

「今はいないわ」
 
 冴子は少しだけうつ向きながらそう返して、続けた。

「誰かいると思った?」
「だって、いないほうがおかしいと思ってますから」
「前はいたわよ、不倫の相手が…」
「そうだったんですね…」

 それはそうだ、でも不倫だったんだ…、と思いながら、それ以上慎也は訊かなかった。 
 冴子の表情に嘘はなさそうだった。

「ねえ、今度の土曜日泊まりに来れる?」
「え?」
「そしたら朝ゆっくりできるでしょ? でも予定あるのかしら?」

 レッスン以外の予定は慎也にはなかった。

 
 夜には気づかなかった金木犀の香りに送られて、慎也は朝陽の当たるマンションをあとにした。
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