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リクエストのラストワルツ
第7章 リクエストのラストワルツ

 2月最後の日曜のダンスパーティ前日の土曜日、ふたりは離れる前の最後の時間を冴子の部屋で過ごしていた。
 一瞬の無駄さえ惜しむように、片時も離れることはなかった。

「冴子さんの全部、目に焼き付けて行きます」

 そう言って慎也は冴子の体の隅々を、あらゆるところに唇を這わせ、指でなぞり、愛撫していく。
 小さなほくろひとつ、産毛の1本まで、透きとおるような肌に思い出の痕跡を残すような優しい仕草で愛される冴子は絶え間のない悦びの声を上げ続けた。
 花園のうっすらとした茂みに寄せた唇に挟まれた叢が少しずつそっと抜くようにして引かれ、言葉にできない快感で鳥肌を立てた彼女は。慎也の滴り落ちる雫を舌ですくい取りながら口いっぱいに咥えてくぐもった喘ぎ声を上げる。

 果てしない絶頂を体に刻んだ冴子と1滴も残さず彼女に情愛のしるしを放った慎也はひとつの塊になったようにして最後のダンスパーティの午後を迎え、やがて予約した最終回の時間帯に向けて冴子の部屋をあとにした。



 夕方から舞い始めた粉雪をキラキラと輝かせる街灯りが点る中、教室に着いたふたりは努めて笑顔を保つようにしてホールに立った。

 日曜日の最終回はカップルの数も少なく、踊りやすかった。

 そして最終回には、予約したカップルがそれぞれ1曲ずつリクエストした曲をかけてもらえるのである。

「何番目かしらね?」
「最後だといいですね」

 ふたりは休むことなく踊り続ける。
 口には出さないそれぞれの思いを込めながら夢中で踊った。

 終わりの時刻が近づいた頃かかったのが、ふたりのリクエストした〝ラストワルツ〟だった。 
 
 休んでいたカップルが、始まった曲を聴いて顔を見合わせながらホールに出てくる中、中央で堂々と踊っている冴子と慎也の姿はあまりにも美しかった。

「慎也くんに会えてうれしかったわ」
「ぼくこそ冴子さんに会えて幸せでした」
「え? 過去形なの?」
「冴子さんこそ過去形でしたよ」

 一緒に踊るラストワルツのステップにこみあげてくる涙を必死で抑えながら、ふたりはやさしく微笑みを交わしていた。

(今夜帰ったら本宮にメールを打とう…) 

 長い時間をかけてやっと答えを決めた冴子の顔に迷いはもうなかった。

  -完-
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