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恋かるた
第2章 ひとりかも寝む -神無月-

「そういえば、このあいだの沢田様、どうだった?」
週末に営業所へ出勤した志織に井川が訊ねた。
業務終了時に電話や写真を添えたチャット報告はしているのだが、やはり新規の顧客に関しては、上司として気になるのでいつも訊ねられる。
「きれいにされていましたし、とても穏やかでいい方でした」
「良かったわね。 お蔭で早速来月も依頼いただいたわ。」
志織が訪問したあと、再依頼の申し込みがあったということをその日彼女は教えられた。
「松石さんの仕事ぶりとても褒めてらっしゃったけど、奥様もお勤めなの?」
「奥様は… 亡くなられたんだそうです」
「そうだったんだ…」
井川が想定外だったという顔をして応えた。
「ご家族はいらっしゃるの?」
「息子さんがおふたり…」
「それじゃあ、大変ね」
家事に関しては何かと頼りになるであろう娘ではなく息子だということを知って井川はそう言ったのだが、その息子たちが独立して家にいないことは、志織は言わなかった。
男ひとりの客先ということに対して余計な感情を持たれることが嫌だったのである。
沢田の依頼は前回と同じ内容だったのだが、綺麗にされているので実際には2時間も手がかかるような作業ではないはずなのに、と志織はその時思ったが、日々のやりくりに追われている彼女に小さな楽しみがひとつできた。
(来月また会える…)
今の仕事に縁をもらえた運に感謝する志織だった。
志織は正社員ではない。
会社から仕事のアサインを受けて働くいわゆる請負の個人事業主である。
正社員の道も開かれていたし上司である井川の薦めもあったのだが、拘束時間が長くなるうえ、自由も利きにくくなるので娘の瑞穂が高校生になるまでは今のままの立場で続けようと思っていた。
経済的には苦しかったが、瑞穂との時間のほうが大切だと考えていたのである。
「高校に入ったらバイトするから」
瑞穂はいつもそう言ってくれる。
別れた夫に感謝することがあるとすれば、よほどの不運でもない限り、半年後には高校生になってくれるはずの心優しい娘を残してくれたことくらいだったが、それこそがかけがえのないものだと志織はいつも思っていたのである。

