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恋かるた
第3章 ものや思わむ -霜月-

「行ってきま~す」
11月に入って2回目の土曜の朝、いつもと同じ明るい声を残して瑞穂が玄関ドアから出て行った。
リビングの窓から見える澄んだ蒼空に浮かぶ雲は少しずつ羊雲の現れる日がふえるようになってきていた。
(今日はどこへ行くんだろう…)
瑞穂の残した後ろ姿を思い返しながら志織は思った。
友達の家へ行くといって出かけた彼女が、3か月に一度くらいのペースで実は別れた夫と会っていることを志織は気づいていたが、特にそれを追及したりすることはしなかった。
瑞穂が気遣っていてくれるのだということがわかっていたからである。
ごくたまにメールで連絡を取る彼とも、そのことについてはお互いに知らないことにしておこうという約束があった。
(高校に入って落ち着いたら話してやらないと…)
そんなことを考えながら、志織は化粧台の鏡を見ていた。
(すっかりおばさんだわ…)
いつもよりは時間をかけて入念なメイクをしながら鏡の中の自分にがっかりするのだった。
(行くのやめようか… でも失礼だし…)
少しだけ気が重くなるのを抑えて、キャミソール姿で立ち上がると厚手の麻のワンピースに袖をとおす。
11月に麻は少し遅い気がしたが、さんざん迷った挙句、あまり華やかにならない服で気に入っている浅緑のそれにしたのである。
白のレースカーディガンを羽織って姿見の前で身体を振り、小さめのトートバッグを手にした志織はモスグリーンのローヒールにゆっくりと足を入れると、〝さて〟とひとことつぶやいてから玄関をあとにした。
土曜日の道も空いていたので、40分たらずで志織は沢田のマンションの前に着いた。
仕事で訪問した時に停めた客用駐車場ではなく、調べておいたコインパークに車を入れた志織は、靴を運転用のものから履き替えると、また少し過去2回とは別の緊張を覚えたが、
歩いているうちにそれも解けてきて、落ち着きを取り戻せた。
「やあ、いらっしゃい」
エントランスのインターホン越しの低く明るい沢田の声とともにオートドアが開くと、もう慣れた手順で部屋の前に志織は立ち、ゆっくりひと呼吸してからチャイムを鳴らした。

