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恋かるた
第4章 みだれ染めにし -師走-

コートが欲しいような気候のせいか、日曜日にもかかわらず海のそばの浜離宮恩賜庭園に近い芝離宮庭園の人出は多くはなかった。
都会に漂う低い騒音が遠いBGMのように聞こえてくるが、広い公園を囲む都心のビル群も片時の休日を穏やかに過ごしているように見える。
真っ青に澄み渡った空に刷毛で引いたように広がる白い絹雲を眺めながら小石の撒かれた散策路を沢田と並んで歩いていると、普段の煩雑な日々と全く異なる世界にいるような錯覚に志織は陥っていた。
>プレゼントをありがとう
今度お会いできるのを楽しみにしています
2週間前に訪ねた沢田に贈った誕生日プレゼントの礼に受け取ったLINEを見た志織は、今日の日に淡い予感を感じていた。
メッセージには、百人一首からのかるたの写真が1枚添えられていたのである。
『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに -河原左大臣-』
忍ぶ恋に乱れるわたしの気持ちはあなたのせいですよ、という告白めいた歌だった。
庭園の池をひと巡りすると、相変わらず半歩遅れて歩く志織に沢田が声をかけた。
「少し休もうか」
散策路からわずかに離れたところにあるベンチを見ながら小さな築山を横切っていく。
まだ碧い葉を残したままの松に囲まれた静かな一画を初冬の風が抜けた。
「寒くないか?」
「少し…」
ベンチに腰を下ろした志織に沢田は自分のジャケットを脱いで肩に掛けようとした。
「大丈夫です、沢田さん風邪引きますよ」
遠慮しようとして身を少し引いた志織にジャケットを掛けなおしながら、沢田はその肩を両手で抱いて唇を合わせた。
その瞬間、驚いて開いたままだった志織の眼はやがてすぐに閉じられた。
ほんの数秒のことだった。
「怒ってるかな?」
うかがうような穏やかな声で顔を見ながら沢田に訊かれた志織は、うつむいたまま黙って首を横に小さく振った。
それから顔を上げた志織は沢田の眼を見つめながら、もう一度ゆっくりと首を左右に振っていた。
自分の気持ちを確かめるように。
かすかに松の葉が揺れ、初冬の風がふたりの頬を撫でていく中、志織の肩が沢田に抱き寄せられ、今度はもう一度強く唇が重ねられた。
冷たくなりかけていた唇だけ、志織は忘れられない温かさを感じた。

