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恋かるた
第4章 みだれ染めにし -師走-

>>今日は、素敵な一日をありがとうございました。
駅で別れるとすぐに志織は沢田にLINEを送った。
うれしい気持ちと、これからどうしようという複雑な気持ちとで混濁したまま助手席の窓から過ぎ去っていく都心の景色をただ眺めていてあまり彼と会話を交わせなかったことが気がかりだったのである。
>こちらこそ、付き合ってくれてありがとう
今度の行先を考えておきます
(気分を害されていなくてよかった…)
30分ほどで届いた返事を見て、志織はようやく気持ちが落ち着いた。
「クリスマスは予定があるの?」
「娘と食事に行くことになってて…」
帰りの車の中で、そんなやりとりを中途半端にしたままだった。
12月には一度家事代行の訪問があるが、ふたりの時間を持てるのは年が明けてからになるのだ。
入り混じる期待と不安の中で志織は年末の書き入れ時を迎えようとしていた。
年末と3月は志織の仕事が最も忙しくなる時期である。
定期的な客に加え、単発の依頼が急増するため対応スタッフもフル稼働状態となるので、普段は週に3日の休みを取ることができる彼女も週1日の休みで凌がなければならなかった。
「沢田さんのところはきれいだからほんとうに助かります」
「もういいから、うちで少し休んでいけばいいんだよ、お茶淹れたから」
ユニットバスのクリーニングを終えた志織を呼び止めた沢田はリビングへ手招きした。
過去2回の仕事訪問の日は沢田の家だけだったが、定例でその年最後の彼の部屋を訪問したその日は午後から単発客2件の作業依頼で少し気が重かった志織はその言葉に甘えた。
「松石さん… 髪が、」
椅子を引いた志織の後ろを見た沢田が、控えめな声をかけた。
仕事の時、志織は髪をまとめてお団子にしているのだが、その崩れを彼が教えてくれたのだった。
「はい、これ。 持ってようか?」
洗面所を借りて髪を直しているところへ大きめの丸い手鏡を持って沢田がうしろから声をかけてきた。
「お団子、可愛いね…」
可愛いなどと言われることはこの10年志織には記憶がない。
礼を言いかけた志織の髪を結んでいた両手首が不意に沢田につかまえられ、振り向かされた彼女の唇は彼にふさがれた。
作業衣だったことが悲しかった志織の年の瀬だった。

